第29話 離れ離れ

深春くんは固まってしまった。その隙をついて新堂先生は、深春君と猫を引き離す。その時、猫が「にゃあ〜〜」と言って、暴れ出した。新堂先生が懸命に抑える。深春くんがもう一度手を伸ばそうとしたので、私はその腕を抑えた。


「なんで…、離してくれ…!春陽が…!!」


深春くんは必死に私に訴えたが、私は縋る気持ちで「深春くん…!」と言って暴れるのを抑えた。その間に新堂先生は猫を連れ出そうと、ドアへ向かった。深春くんが猫に手を伸ばしながら


「春陽!!!」


と、叫ぶ。私は胸が締め付けられるような思いで、深春くんの腕を掴んでいた。その時、新堂先生がドアの一歩手前で止まった。よく見ると、猫は泣いていた。私はその姿に、猫はきっと深春君が好きだったんだと気づいた。どこで出会ったのかはわからないけれど、深春君の事が好きじゃなきゃこんなに過剰には反応しないはずだ。新堂先生も驚いたのか、立ち止まっている。猫はしばらく鳴いていた。それは何かを伝えようとしている姿にも見えた。深春くんは猫をじっと見ている。私には深春くんにだけ分かる何かがあるように感じた。新堂先生もしばらくその姿を見ていたけれど、終わりだと言うようにドアに向かいそのまま外に連れていった。

新堂先生を見届けて深春くんを見ると、深春くんは泣いていた。そして大きく息を吸った。


「春陽!!!!!」


深春君が全力で叫んだ声は、夕方の病棟に響き渡った。それは絶叫にも近い声だった。


「...っ深春くん!」


そのまま、深春くんは気を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る