第30話 お帰り、君。

春陽が、僕の病室に迷い込んだ猫だったことを、僕は思い出した。それをいつからか、僕は学校での出来事だと脳で変換していた。本当は春陽なんて人間は存在しない。僕がそう名付けた猫はいたけれど。


 僕は自分の置かれている状況を思い出だした。ここは学校ではない。精神科の病院だ。僕は、入院していたんだ。確か、親からの勧めで。何がきっかけなのかは思い出せなかったが、何か強いストレスを感じていたのは覚えている。僕は見慣れたスケッチブックを懐かしく感じながら、頭上のナースコールを押した。


数分して、すぐに看護師さんが僕の部屋を訪ねてきた。


「深春君、目が覚めましたか?」


看護師さんは心配そうに僕に尋ねた。

僕はその看護師さんの顔を見て、とても昔の事を思い出したような気持ちになった。


「もしかして、北野、さん?」


僕がそういうと看護師さんは、驚いた顔をしてすぐにどこかに電話をかけた。また数分して、今度は白衣を着たお医者さんが僕の部屋に来た。北野さんが何かを説明している。僕はどこかで見た人だな、と思った。北野さんが話し終わると、そのお医者さんは僕に話しかけてきた。


「こんにちは、深春君。」


「...こんにちは。」


お医者さんは微笑んで尋ねた。


「俺のことはわかる?」


「...すみません。どこかであったはずなのに思い出せなくて。」


そういうとお医者さんは、笑って答えた。


「いいよ、無理に思い出さなくて。俺は君の担当医の新堂だ。」


言われてみれば、そんな気もする。


「なんか、思い出したような気もします..。」


「そうか、それなら嬉しいよ。」


新堂先生という人は、そう言って爽やかに笑った。

僕は堂々と胸を張って言った。


「新堂先生、僕、思い出しました。」


「そっか、それはよかった。おかえり、深春。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る