第19話 幸せの亀裂

目を覚ました。白い天井が目に入った。僕は目だけで辺りを見渡した。そこは白くて大きな、広い病室の個室だった。簡易的な机と椅子が置かれており、ベットは大きな窓の横に置かれていた。ベットは白くて大きく、いかにも病院という感じだった。僕の頭上にはナースコールが垂れ下がっている。大きな窓からは、病院の広場を見渡せた。噴水やベンチ、並木がありそこで人々が話をしたり、子供が走り回ったりしていた。僕は、重い体を持ち上げて起き上がった。体は鈍っている様で、あちこちの骨が鳴った。僕は寝ている時には気づかなった、ベットの横にある小さなテーブルにある物を見つけた。それは、僕がいつも手にしていたスケッチブックだった。懐かしさを感じて、スケッチブックを手に取り、中を開く。1ページ目はなにかの彫刻だった。どこかに飾られていたオブジェか何かだろう。2ページ目は黒いカラスだった。この窓の近くから見えたのだろうか。羽の線1本1本まで細かく描かれている。3ページ目からは人物像だった。看護師さんがメインだったが、知らない顔もあったから患者さんらしき人も描いているのだろう。ペラペラとページをめくっていった。何枚もページをめくって、手が止まった。そのページに書かれているのは、猫だった。しかも人の目を引く綺麗な茶色の猫だ。ぱっちりした目に、綺麗な鼻筋、サラサラの髪に、スラッとした体。気高くて、プライドが高そうな、だけど愛嬌のある顔。何よりも一番に目を引くのは栗色のサラサラした毛だった。その毛は触り心地が良さそうで、陽の光を連想させる温かさを持っていた。僕はなにかが引っかかった。どこかで、誰かにそんな事を思った気がした。はて、誰だっただろうか。ページをめくるとその次も、同じ猫だった。今度は窓を見ている絵だ。ページをめくる。その次は立っている絵だ。その後も何枚も何枚もめくったが、その猫しか描かれていない。僕は、めくる度になにかが喉につっかえているような気分になった。何かを忘れているような、そんな気分だ。めくり続けて、ついに真っ白のページが出てきた。どうやらここで絵は終わっているらしい。僕は一つの映画を見終わったような気持ちになった。この既視感は一体なんだろうか。何かを思い出そうと、考えを巡らせていたところでとある文字に気づいた。そのページには小さな文字で何か、描かれている。


haruhi


僕はあぁ、と声を漏らした。記憶が次々と思い出されてゆく。なるほど、彼女の言っていた言葉が、今更になって理解出来た。

「気付いているの」の意味を。

「気づかない方が、幸せなこともある」の意味を。

「もうここには来られなくなる」の意味を。

そして、彼女が叫んだ、

「貴方に絵を描いて貰えて嬉しかった」の意味を。

僕は遥か昔の様な記憶を、思い出した。


彼女が、僕の病室に迷い込んだ猫だったことを。

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