第6話 美しい彼女

これは今までの経験からだけど、僕のモデルをずっとしてくれた人はいない。というか続かない。それは僕が飽き性なのもあるが、それよりもモデルの精神の方が耐えられないという理由だ。今までモデルをしてくれた人はお金が貰えるからとか、面白半分でとか、大体はしょうもない理由で引き受けていた。けれど、僕みたいな人間に長い間じろじろみられるのは思った以上に堪えるらしく、大体その日のうちに、「こんな気持ち悪いこと、二度としない。」と断言して美術室を出ていく。僕もそれを止めない。大していい絵も描けないし、引き留めるほどの興味もなかったからだ。実際スケッチなのだから、モデルをよく観察するのは当たり前なのだが。でも舐め回すように見ていたのは本当のことだったし、僕も自覚があったから尚更引き止めなかった。だから春陽に関してもそうだろうと思った。今は何食わぬ顔してモデルをしてくれているが、例えば、また明日僕が春陽に声をかけて、モデルをやってくれと頼んだら、流石の彼女でも嫌な顔をするだろう。人に興味はないが、こんな僕でも美しいものに煙たがれるのは少し嫌だと感じる。だから、彼女もこれまでと同じく、一日限りの関係なのだと思っていた。だから時間が許すまで、春陽をスケッチしたかった。が、時間は残酷だ。5時を知らせるチャイムが、学校に鳴り渡った。春陽は顔をあげ、僕は鉛筆を止めた。どうやらここまでのようだ。僕は名残惜しい気持ちを抑えながら、


「ここまでだね、今日はありがとう、春陽さん」


と春陽に言った。春陽はこくんと頷いたが、何故か席を立たなかった。僕は不思議に思って、再度声をかけた。


「あの、もう、帰っていいよ....?」


そういうと春陽は不思議そうな顔をして、こちらをじっと見た。


「.....もういいの?」


春陽は不思議そうにそう言った。その顔は僕の様子を伺っているように見えた。僕は本当に最後の最後まで不思議な人だと思いながらも、少し寂しさを感じた。じゃあ、このまま帰らないでとでも言えば、明日もまた来てくれといえばそうしてくれるのか。...馬鹿げてる、そんなことあるわけがない。モデルにこんな寂しさを抱くなんておかしい。僕はすぐに言葉を返した。


「ああ、もういいんだ、本当にありがとう。君みたいな美しい人をスケッチできて光栄だよ。」


そう告げると彼女は、こくりと頷いて、静かに席を立ち、美術室を出て行った。僕は部屋に一人残された。スケッチブックには最近の絵と一線を画す、美しい絵が出来上がっていた。僕の口からは、「夢みたいだった。」という言葉が溢れた。

それが春陽を初めてスケッチした日だった。

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