第14話 夢の終わり

美術室に入ると春陽は何事も無かったかのように、座っていつものように窓の外を見ていた。僕も何も見ていないふりを装って、いつもの調子で春陽の前に座った。


「今日は早く来たつもりだったのに、本当に春陽は来るのが早いんだね。」


そう言って椅子を寄せ、春陽の前に座りスケッチブックと鉛筆を手に取る。春陽は何も反応しなかった。もちろんこっちも期待などしていないので、早くスケッチを始めようとスケッチブックの昨日の続きを開いた。それと同時に、昨日の話の続きも。

僕は昨日と同じように春陽に立ってもらい、スケッチをした。鉛筆を動かして、書き込むところは丁寧に描いて、でも制服は手抜きしたりしながら進めていった。僕はそうしている間、いつ話をしようかと春陽の様子を伺っていたが、春陽は昨日のような暗い顔はしていない。いつもの、春陽だった。僕はスケッチする手を止めた。いくら待っても話しかけるタイミングなんてこないのだ、僕から話しかけないと。僕は鉛筆を握りしめて、高鳴る胸を抑え、声を出した。


「あのさ、春陽に、聞きたいことがあるんだけど。」


そう話しかけると、春陽は顔だけこちらに向けて、こくりと頷いた。僕はそれを肯定だと受け取って、話し続けた。


「昨日の夢の話の続きなんだけど、さ。」


春陽は窓の外を見ていた。


「春陽はどう思う?あの夢。」


僕の胸は緊張で張り裂けそうだった。春陽はしばらく窓の外を見ていた。外では運動部が走ったり、サッカーをしたりしている。僕は春陽からの返事を待った。もしかしたら、春陽は話したくないのかもしれない、無視する気でいるかもしれない。でも俺は聞きたかった。春陽の意見を、昨日の「気づいているの」の真意を。春陽がじっと見ている僕の視線に気づいているかどうかすらわからなかったが、僕は春陽が喋り出すのをひたすらに待った。長い沈黙が流れて、春陽は観念したようにそっとこちらを向いた。その目は呆れたような、そんな目だった。


「深春、気づかない方が、幸せなこともある。」


春陽はそれだけいうと、また窓の外を見た。僕はその意味をすぐに理解できなかった。最近見る悪夢。肝心な所が聞き取れない夢。もう気づいてる?という春陽の言葉。私は何も知らないと言った春陽の顔。そして今日の返事。それは春陽が何かを知っていて、隠しているとも思える返事だった。まるで難解なパズルをしているような気持ちだ。もしかして僕は何か大事なことでも忘れているのだろうか。きっとそれを春陽に聞いたところで、答えてはくれないのだろう。僕は待ち侘びていた春陽の返答に、


「...うん。」


としか返せなかった。春陽は何も言わなかった。

窓から見える校庭では、運動部の生徒たちが夕日の陽射しを浴びながら道具の片付けをしている。もうすぐ5時なのだろう。皆仲が良さそうに喋りながら、時にふざけながら作業をしている。顧問も暖かな目でそれをを見守っていた。

僕は春陽を見た。春陽も驚いた顔をして、僕を見ていた。どうしたんだろうと思った瞬間、誰かが僕の肩に手を置いた感覚がした。驚いて、横を見るとさっきの白衣の男が立っていた。

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