第13話 謎の人

その次の日、僕は少し早く教室を出た。春陽よりも先に美術室にいようと思ったからだ。春陽から昨日の話の真意が聞きたかった。少しでも、話がしたかった。春陽がこの夢をどう思っているのかを、聞きたかった。ホームルームが終わった後、鞄にさっさと教科書を入れて、早足気味に美術室へ向かった。廊下の窓からは、下校する生徒たちや、部活動へ行く生徒たちが見える。僕はそれを横目に廊下を曲がった。そして階段を降りようとした時だった。階段の踊り場に見慣れた人影がいた。人の目を引く美形。二重のぱっちりした目に、綺麗な鼻筋、サラサラの髪に、スラッとした体。すれ違う誰もが、一度は振り返るような、そんな美しさ。それは間違いなく春陽だった。僕は階段を降りるのをやめて、そこから観察した。どうやら誰かと話しているようだ。春陽は立ち止まっていつものように、相手の話を聞いている。またいつものナンパだろうか、と春陽に話しかけている人物を見た。しかしそれはどう見ても、おかしかった。話しかけているのは30代ぐらいの男で、背は春陽より高い。黒髪でぱっと見の印象は爽やかだ。それだけ見れば学校の先生に見えるが、格好がそれを否定していた。男は白衣を着ていたのだ。よく病院で見る格好をしている。一瞬演劇部か何かのコスプレかとも思ったが、それにしてはあまりにも馴染みすぎていた。医者、という貫禄がありすぎる。きっと誰が見ても医者だというだろう。その医者は春陽に真剣に何かを話していた。


「君は××だ。ここに入ってきてはいけない。ここは動物禁止なんだから。」


その医者は困ったように春陽に言う。

春陽は何も言い返さずに、ただ申し訳なさそうに項垂れていた。


「いいかい、君のおかげであの子は元気になっているけど、だからと言って許せはしない。」


春陽はこくりと頷いた。


「だからもう、来たらダメだぞ。」


そう言い終わると医者は、春陽の頭を撫でて、何処かへ行ってしまった。春陽はしばらくそこで項垂れていたが、重そうな体を上げると、階段を降りていった。僕はそれを、ただ見ていることしかできなかった。


僕はしばらくそこで、あの医者がなんだったのか、春陽と何の話をしていたのかを考えていたが、結局春陽とあの医者にしかわからない話だからと、考える事をやめた。そんな事を考えて、春陽をスケッチする時間を、春陽と一緒に過ごせる時間を消費したくはない。僕は、せっかく早く行こうと思ったのにと、少し残念な気持ちを抱えながら、駆け足気味に美術室へ向かった。

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