第9話 君は野良猫
馴れ初めを思い出しなから鉛筆を進めていたら、いつの間にか真っ白だったスケッチブックは、美しい春陽の姿で埋め尽くされていた。時計は5時になる10分前を指している。僕はスケッチブックをパタン、と閉じて、今日もどこか遠くを見ている春陽に声をかけた。
「春陽、今日はもう終わりにしよう」
そう言うと、春陽はこくりと頷いた。春陽はチャイムが鳴らないと、帰らない。それを知ってから僕は10分前には終わらすようにしていた。春陽も5時ギリギリになって帰るのは大変だろうから、という僕なりの配慮だ。チャイムが鳴るまでの10分間、春陽は窓の外を眺めている。僕は春陽を見ている。何処か寂しげな雰囲気を漂わせて、夕日を見ている春陽に僕は問いかけた。
「春陽はさ、野良猫みたいだよね。」
春陽はこちらを向くと、首を傾げた。意味が伝わらなかったようだ。僕は続けて話した。
「春陽はいつも窓の外を見てるだろ、それがなんだかさ、寂しそうに見えるんだよ。」
春陽は相変わらず首を傾げたまんまだった。僕は春陽にはわからないかと思い、冗談で茶化すように言った。
「帰る家がない野良猫、そんな感じ。」
春陽は何もリアクションをしなかった。僕もわかっていたから、冗談だよ、と言おうとした。だがそれを言う事は出来なかった。春陽がはっきりと、首を横に振ったからだ。春陽は冗談なんかを言う人じゃない。僕はすぐに春陽に問いただそうとしたが、ちょうどよく5時を知らせるチャイムが鳴った。春陽は颯爽と席を立つと、そのままドアを開けて帰ってしまった。僕はただそこに立ち尽くすことしかできなかった。
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