第8話 続きの続き

「…完成…かな…」


5時になる10分前ほどで、僕は鉛筆を置いた。春陽がそっくりそのまま描かれたスケッチブックを見て、満足感で胸がいっぱいになる。こんな満足感は久しぶりだ。押し寄せる高揚感に体が疼いた。僕は目の前のいる春陽に、感謝の言葉を述べた。


「春陽さん、ありがとう。おかげで久しぶりにいい絵が描けたよ。」


そう言うと、心なしか春陽も満足そうに頷いた。その時、5時を知らせるチャイムが鳴った。春陽は僕に帰っともいいかと訊きたげな目を向けたので、僕が

「うん、いいよ。二日間もありがとう。」


と言うと、颯爽と美術室を出ていった。


その次の日、僕は少しの期待を抱きながらドアの前に立っていた。春陽は居るという期待が半分、いやいるはずない、昨日で終わったのだからという気持ちが半分。でもいつまでもここで悩んでいてもしょうがない。ドアを開ければ、すぐにわかる事なのだから。そう意気込んで思い切ってドアを開けた。美術室の奥、春陽は昨日と変わらず、そこにいた。僕は何故か安堵の息が出た。まるで彼女がいることを望んでいたように。僕は春陽の前に座って、尋ねた。


「また、今日も、付き合ってくれるの?」


春陽はこくりと頷いた。僕を待っていてくれたんだという嬉しさで胸がいっぱいになった。僕は、


「そっか、ありがとう」


とだけ言って、スケッチブックを手にした。


それから、僕と春陽の毎日が始まった。

春陽は毎日美術室に来てくれた。

僕は毎日春陽を描いた。

ポーズを変えて、構図を変えては、僕は色んな春陽を描いた。春陽は何も言わず、ただ付き合ってくれた。僕のスケッチブックは、どんどん春陽で埋まっていった。彼女が僕の名を呼ぶことは無かったが、僕は彼女を「春陽さん」から「春陽」と呼ぶようになった。春陽は別段嫌そうな顔はしなかった。僕らは、互いのことさえ知らなかった赤の他人から、描き手とモデルという関係になっていった。

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