第23話 猫

猫を見たのだ。茶色い猫を。猫は驚く私を一蹴するようにして、スタスタと廊下を走っていった。私はまさか自分が見るとも思わず、混乱した気持ちになった。あの噂は患者さんの幻覚では無く本物だったのか...。しかし、私が一番驚いたのは猫を見た事じゃなかった。その猫が深春くんの病室から、出てきた事だ。



「へぇ、面白い噂だね。しかも真面目な北野が見るなんて。猫は本物なんだ。」


翌朝、新堂先生はどこからその話を聞いたのか、私に話しかけてきた。私は深春くんの朝の検温と血圧をを済ませて記録を書いていたのに、新堂先生は面白そうに私を見ている。私はため息をついた。


「からかうのはやめてください、新堂先生。きっと私、疲れていたんです。猫なんて、こんな場所に入ってこないですから。」


そう言い返すと、新堂先生は残念そうな顔をした。


「でも北野が見たのは夕方の17時。猫が出るのは、夕方の14時から17時。噂通り、時間はぴったりじゃないか。」


「それはそうですけど…。」


「しかも、君はしっかり見ている。深春の病室から出てくるのを。」


私は黙ることしかできなかった。だって実際猫を見たのも、深春君の病室から出てくるのもしっかりこの目で見たからだ。


「深春が何か知ってるといいね、聞いてみなよ。」


新堂先生は私が書いた記録を確認すると、笑いながら外来へと戻って行った。

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