第5話 人と人として想っている方はいるの?(語り:リアム)

俺は第1騎士団の団長だ。


第1騎士団の仕事は、主に聖女様の護衛。


俺はマリア様が生まれてからずっと、マリア様に付き従ってきた。




聖女様がこの世界に来てから、一ヶ月が経った。


聖女様が来てすぐはそんなことは無かったのだが、最近のマリア様は、浮かない顔をされることが多くなったように思う。


やはり、ご自身に聖女としての能力がないことを、悔やんでいらっしゃるのだろうか。




聖女としての仕事は、怪我人を治療することだけでは無い。


政治、経済、魔獣討伐、この世界に関することは全て聖女様がお決めになる。


しかし、異世界からやってきた聖女様に、このような重役を押し付けるのは大変酷である。


なので、怪我人の治療や聖水の制作を聖女様が、その他のことはマリア様が行っていらっしゃるのだ。




最近のマリア様は、いつにも増して仕事に打ち込むようになった。


お体を壊されないか心配だ。




マリア様は小さい頃から聖女として育てられ、教育を受けてきた。


元々生真面目な性格ではあったが、マリア様はいつもこの世界のことを考え、聖女としての役割を全うしようとしていた。


マリア様に、聖女としての力があれば、こんなに思い悩まれることもなかったのに。




先日、マリア様はおっしゃった。




「私に聖女としての能力があれば、彼女も孤独な思いをせずに済んだのでしょうか。」




聖女様には、これまで暮らしてきた世界がある。


そこには聖女様の家族や、友人や、恋人が居ただろう。


しかし、我々の身勝手に、聖女様を巻き込んでしまった。





「リアム、書類を確認致しました。」


「あ、はい。ありがとうございます、マリア様。」


「物思いにふけっていたようですが、何かありましたか?」


「いえ、何もありません。」


「そう。」




マリア様から書類を受け取る。


第1騎士団の増員に関する書類と、それに伴う資金の捻出。


早ければ早い方がいいとは言ったが、まさかこんなすぐに確認していただけるとは。




「ありがとうございます。早速人員の確保に取り掛かります。」


「お願い致します。……ところで、リアム。少し聞きたいことがあるのですが、よろしいかしら?」




基本的に、マリア様は誰に対しても丁寧な言葉で話しかける。


それは、聖女としての教育で学んできたことだ。


しかし、幼い頃から付き従ってきた俺に対してだけ、言葉を崩される時がある。


それは、マリア様が俺と対等に喋りたいと思っていらっしゃる時だ。




「どうかされましたか?」


「いえ、すごく個人的なことというか。こんなこと、私には聞かれたくないかもしれないのだけれど……。」


「あなた様から聞かれたくないことなどございませんよ。」




そう言うと、マリア様はふわりと笑った。


それを見て、俺も笑った。


やはり、マリア様には笑っていて欲しい。


そう思っていると、マリア様から予想もしていなかった質問が飛んできた。




「リアム、あなたに想い人はいるのかしら?」


「想い人……ですか?」




突然の質問に、少し戸惑ってしまう。




「私は常にマリア様のことを想っております。」


「そういうことじゃないわ。主人と騎士という関係ではなく、人と人として想っている方はいるの?」




人として想っている人。




1人だけ、頭の中に思い浮かべてしまった人がいた。




「お、おりません。」




そんなはずは無い。


あいつが想い人など、絶対にない。


だが、マリア様に誤魔化しは通用しなかったようだ。




「いるのね。」


「ち、違います!……違います。最近、言い合いをしたばかりだったので、思い出しただけです。」


「言い合い?」


「しっかりしろと言ったのです。上に立つ者なら、部下に示しがつかないようなことはするなと。」


「………そう。」




マリア様は私の答えを聞いて、また険しい顔で考え出してしまった。




「すみません。今のは忘れてください。」




そう言って部屋から出ようとした時だった。




「失礼するぜ。」




不躾な言葉が聞こえてきた。

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