第31話 交換条件がないとは言っていない(語り:マリア様)

「失礼します。」




私が仕事をしていると、ヒューが入ってきた。




「書類に目を通していただけましたでしょうか?」




執務室に入ってくるなり、そう言った。


私が仕事をしている時、執務室に入ってくる人間は限られてくる。


宮殿内の職員か、騎士団長か、その側近。


大体の人は、私と雑談をしてから本題に入る。


しかし、ヒューだけは私と雑談をしたがらない。


理由は分かっている。


ヒュー団長は、私とどう接していいのか分からないのだ。


小さい頃からの幼なじみだった私が、実はこの世界の聖女であると彼が知ったのは、私たちが魔法学校に入学した時だった。


つまり、魔法学校に入るまで、彼は私が聖女であるということを知らなかったのだ。


その事実を知らなかった時の彼は、本当に酷い男だった。


嫌味を言うのは日常茶飯事。


私が大切にしているものを隠したり、虫を持って追いかけてきたり、とにかく私のことをからって遊んでいた。


そんなことをしていた人が実は聖女だったと知った時、彼の顔は真っ青になっていた。


私は特に気にしていなかったのだが、それ以来、私はヒューとまともに話すことはなくなった。


だから、執務室に来ても彼は私と雑談すらしようとはしない。




「今見ますので、少々お待ちください。」




そう言って、椅子に座って待つように促した。


恐らく、ヒューはこの時間が1番嫌いなのだと思う。


見るからに居心地の悪そうな顔をしていた。


そんな表情を見て、私は少し、ヒューをからかいたくなった。




「最近、聖女様と仲が良いようですね。」


「!」




ヒューが驚いた顔でこちらを見た。




「い、いえ……。私が聖女様と仲が良いなど……。」




バツが悪そうにそう言う。




「ぜひ仲良くして差し上げてください。誰も知り合いがいない状態で、きっと心細い思いをされているでしょうから。」


「……分かりました。」




返事をしたあと、ヒューは俯いてしまった。


少しからかいすぎただろうか。


でも、聖女と仲良くして欲しいというのは、本当の気持ちだ。


私は聖女には幸せでいて欲しいと思っている。


この世界にも、たくさんの仲間を作って欲しい。


だから、ヒューにもお願いしたのだ。


ヒューが実はそんなに悪い人ではないことを、私は知っているから。




「そういえば、ヒュー団長が私の聖水を欲しがっていると耳にしました。」


「……私の聖水?」


「違うのですか?ノアに渡した聖水は私が作った物ですが。」


「!!!」




でも、やっぱりちょっとからかいたくなってしまった。


ヒュー団長は、これまで以上に驚いた顔をした。


まさか私が作ったものだとは、予想すらしていなかったのだろう。




「ヒュー団長のためです。私に直接言ってくだされば、あの聖水をお作り致しますよ。」




ヒューはどういう返事をするだろう。


私の予想では「結構です」と言って断ると思っているのだが。




「……頂けますでしょうか。」




ヒューはそう言った。




「報酬はいくらでも。お金では買えないものと言うのであれば、いくらでもマリア様の命令をお聞き致します。……ですので、その聖水を私にお譲り頂けますでしょうか。」




私は、その言葉を聞いて確信した。


ヒューはかなり焦っている。


恐らく、好きな人が全く自分に見向きもしていなくて、どうしたらいいのか分からないのだろう。


ヒューは昔から、何でもそつなくこなす人だったが、人間関係だけは不器用だった。


幼なじみが困っているのであれば。


それで私の聖水が役に立つのであれば。


ぜひ使って欲しい。




「ちなみに、あなたの想い人はどなたですか?」


「……え?」


「私の聖水は、その想い人にお使いになるのでしょう?」




交換条件がないとは言っていない。


私はヒューにそう聞くと、複雑な表情を浮かべながらも、私の問いに答えた。




「……ヴィル・ホワイト司書です。」

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