第25話 なんか、変(語り:ガロウ)
昔、私がまだ小さかった頃、一度だけ街に行ったことがある。
母が生前住んでいた街を、見てみたかったのだ。
「お父様には内緒で行きたい。」
そう言うと、ロウエンは「仕方ないですのぉ。」と言って、一緒に着いてきてくれた。
私は、自分が獣人だということがバレないように、狼の姿になって街に出た。
街は賑やかだった。
いつも森の奥で静かに暮らしていた私には、想像もつかないほど人で溢れかえっていた。
私は、母が残した写真を頼りに、街を歩いた。
賑わっていた場所から少し離れたところに、写真に移る建物があった。
昔母が住んでたというその家には、もう既に別の人が住んでいた。
「おおかみさん?」
声のするほうをむくと、そこには小さな女の子がいた。
「おおかみさんだー!」
そう言って女の子は私に抱きついてきた。
年齢は、私より少し下くらいだろうか。
「おおかみさん、こっち来て!」
女の子が走っていく。
私も、置いていかれないように一緒に走った。
女の子が連れていってくれたのは、小さな丘の上だった。
「あれ見て!」
女の子が指さす方を見る。
そこには、広々とした野原と、綺麗な夕日の光が広がっていた。
森の中では見た事がない綺麗な光景を、私は目に焼き付けようとずっと見ていた。
どれくらい時間が過ぎただろうか。
「アウォーーーン!」
遠くから、ロウエンの鳴き声が聞こえる。
もう帰らなければ。
そう思い行こうとすると、後ろから女の子に抱きしめられた。
「行かないで!」
女の子は抱きしめる手に更に力を込めた。
「またひとりぼっちになっちゃう……。」
……そうか、この子もひとりぼっちなのか。
私は女の子の方を向き、頬にそっとキスをした。
女の子はさっきまで泣いていたが、キスされたことに驚いたらしく、泣き止んだ。
「また会おう。」
私は女の子にそう言い残し、ロウエンの元へと向かった。
その子と再開したのは、まだ森の中に雪が残っていた時だった。
「森の中で人の子が暴走しとる。」
ロウエンからそう報告を受け、急いでその場まで向かった。
そこにあったのは、高く降り積もった雪を溶かすほどの巨大な炎。
そして、その中心で女の子が泣き叫んでいた。
「魔力が暴走しているのか!」
私は自身の中にある神力を使い、何とか暴走を止めようとしたが、全く止まらない。
このままでは、女の子の命が危ない。
私は、女の子の方へ歩みを進める。
一歩、また一歩と。
「ガロウ様!」
ロウエンの声が聞こえる。
しかし、私は振り返ることなく、女の子の方へ向かった。
炎が私に向かって飛んでくる。
「……っ!」
こんなものに構っていられない。
炎は、まるで私を近づけさせまいとするように、どんどん攻撃してくる。
熱い、痛い。
しかし、私はそれでも歩みを止めなかった。
「安心しろ、もう大丈夫だ。」
私はそう言って、女の子を抱きしめた。
周りの炎が、どんどん弱まっていくのを感じる。
「おおかみ、さ、ん?」
女の子は私の事をそう呼んだあと、気を失った。
私はその時気がついた。
腕の中で眠るこの子は、あの時私を丘の上に連れて行ってくれた女の子だということに。
ノアが聖女から貰ったという聖水を飲むと、次第に顔色が変わっていった。
頬は真っ赤に染まり、目もとろんとしていて、焦点が定まっていない。
ふらついて倒れそうになっているノアを支えると、体中が熱を帯びていることが分かった。
ノアを抱きかかえ、急いで部屋の中の寝室に向かう。
もしかして、ノアの体が神力を拒絶しているのだろうか。
そうなれば、もしかすると聖女様でも治すことが出来ないかもしれない。
とりあえず聖女様の所へ行こう。
そう思い、ノアをベッドに寝かせ、ドアの方へ向かおうとすると、反対側に引っ張られる感覚がした。
小さな手が、私の袖を掴んでいるのが見えた。
「な……なんか、変……。」
小さな手の主であるノアが、私にそう言った。
ノアは左手で何かを隠していた。
どうしたのだろうと思い、その左手を剥がしてみる。
ノアの中心部にシミができていた。
「ガロ……さま……。」
艶っぽい声で、ノアが私の名前を呼ぶ。
「おんなのこじゃ……なくて……ごめんなさい……。」
そんなこと、謝らなくていい。
私が今思っているのは、ノアが女の子じゃなかったとか、そんなことではなく。
「すき……ガロ……さま……。」
私は、ノアの唇を塞ぐようにキスをした。
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