第34話 どうしてあなたがそんな目をしてるんだ(語り:ヴィル)

夜。


司書室で作業をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。


昼間の男が、約束通りに尋ねてきたのだろう。




「どうぞ。」




私は、ドアの向こうにいるであろう人物にそう声をかける。




めずらしい。


いつもは、ノックなんかせずに入ってくる奴が多いのに。


あの男だって、そんな気遣いができるようには見えなかったが。




ドアが静かに開く。




「え………。」




そこに立っていたのは、ヒュー騎士団長だった。




「何故ここに……?」


「お目当ての男なら来ねぇよ。俺が脅したからな。」


「は……?」




思いがけない訪問者に、戸惑いを隠せない。




「何しに来たんだって顔だな。」




確かに、ヒュー団長が来るとは思っていなかったので、少々驚いた。


しかし、行為に及ぶのが目的であって、誰とするのかはさほど問題ではない。


ヒュー団長が、今日はそういう気分だと言うのならば、私はただ快楽に身を委ねるだけだ。




「いえ、構いません。」




私は椅子から立ち上がり、服のボタンを一つ一つ外した。


私が慰めてもらう側なのだから、これくらいは自分でしなければならない。


何の関係もない人に、「脱がせてください」と懇願するのは、少し身勝手な気がするからだ。


私は着ているものを全てを脱ぎ、ヒュー団長の目の前まで歩く。




わかっている。


こんなことをしたところで、私が本当に欲しいものは手に入らない。


あの執事が、メイドに向けていたような。


デューク騎士団長が、リアム騎士団長に向けていたような。


相手の全てを縛り付け、離さない目。


私の逃げ場など、どこにもないんだと思わせられるような目。


しかし、いつも私に向けられる目には、「哀れみ」の感情が含まれていた。




そういえば、ヒュー団長はいつも私をどんな目で見ているのだろうか。


ヒュー団長と行為に及ぶ時は、いつも私は後ろを向いていた。


私も、できればヒュー団長の顔は見たくなかったから、意識したことは無かった。


ヒュー団長も他の人と同じく、私のことを哀れだと思っているのだろうか。


それとも、ざまぁみろとでも思っているのだろうか。


どちらにしても、私が欲しい感情ではないことだけは確かだ。




いっそのこと、私のことを罵って欲しい。


馬鹿なヤツだと。


諦めさせて欲しい。


私には絶対に手に入らないんだと。




私は、自分より少し背の高いヒュー団長を見上げた。




「……え?」




どうしてあなたがそんな目をしてるんだ。




まるで、これから私を喰らおうとしているような。


掴んで離さない、欲情した目。




「ははっ……悪いな。こんな効果抜群だとは聞いてなかったもので。」


「な、何を……」




何を言っているんだ。


そう言おうとした瞬間、言葉を遮るかの如く、ヒュー団長にキスをされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る