【第1章】その2✤アリシア---ベアトリスと共に 

 日々が静かに過ぎていくうちに、どうやらその婦人のお腹には赤ちゃんがいて、そのせいで体調が優れないのだということがわかり、またその婦人の体調も少しは良くなってきたため、アリシアはその婦人の部屋で過ごす日も徐々に多くなっていった。


 屋敷を囲んでいる森もすっかり春になり、花々が咲き乱れ、新緑の美しい季節になっていった。ヨ-ロッパの冬は寒くて暗くて4月になってもまだ寒い日もあるのだが、5月になるとヨーロッパで一番美しい季節が始まる。色々な種類の花が咲き乱れ、暖かい爽やかな散歩日和の毎日がやってくる。そして6月になると日の差す時間が長くなり、21時くらいまで暗くならないので、それに伴い気持ちまで明るくなってくる。


 ベアトリスの体調も随分良くなり、散歩へ行くときには必ずアリシアも連れていってくれるようになった。


 一緒に森の中の鳥の囀りを聞き、うさぎや鹿やリスなどの可愛い動物を見かけ、花やベリーなどを摘み、温かい日は小さな池に足をつける日もあった。森の中は猪(いのしし)が赤ちゃんを生む季節はお母さん猪が攻撃的になり、体当たりしてくる時もあるので、猪だけは気をつけなければいけないものの、それさえ気をつけて、変わった道へ入りさえしなければ逆に森で怖いものはなくて、澄んだ空気の中、自然を感じながら散歩するのは本当にそれだけで幸せな気持ちになれるので、アリシアはとても幸せだった。修道院で生活していた頃はこんなにも毎日自由に外へ行くことができなかったので、生まれて初めて自由を満喫しているという気分でもあった。


 そしてまた、一緒に歩いているベアトリスはいつもアリシアを優しい目で見つめてくれた。

そして彼女はアリシアによくこう言っていた。

「あなたはあなたの親族にとてもよく似ているわ、あなたの髪の色や顔立ち、そしてあなたの緑色の瞳の色はとても綺麗ね」と……。


 アリシアの瞳の色は薄い緑色で、その瞳の色はアリシアの金色の髪と白い肌を美しく見せていた。彼女は誰が見ても美しいと思う少女だった。


 一方、アリシアの方は

「私の家族を知っているの?」と、ベアトリスに何度も聞こうとしたのだけれど、聞くことができなかった。そう尋ねるには6歳のアリシアはまだ幼すぎ、ベアトリスになんと聞けば良いのかわからなかったのだ。


 そして言葉の件では、ベアトリスもまた、女官達が話す言葉と同じ言葉を使っていた。


 この国に住んでいる人達が使っていない、少し変わった言葉を使っていたのだが、小さいときからこの言葉の中で育ち、他の人達とあまり係わりがないまま育っていたベアトリスにとって、それはほとんどどうでもいい事でもあり、女官が2つの言葉を時と場所で使い分けるように、2つの言葉を使い分けながら生活するのはアリシアにとっては幼い頃から普通のことだったのである。でも、ベアトリスはどうやらここの国の人達が話す言葉は全く理解できないのか、主に女官と同じ言葉だけを使い、そしてもう一つそれとは別に、女官と共に話す時に使う言葉があったのだけれど、逆にアリシアはその流れるように美しい、アクセントも少ないその言葉は全く理解できなかった。


 これはつまりこの屋敷では、英語とフラマン語(オランダ語の一種)とフランス語が使用されていたのだが、アリシアがそれを理解するのはもう少し先のことになる。


 その静かで幸せな日々は3ヶ月程続いた……アリシアはその平和な日々がこれから永遠に続くのかと勘違いしていたのだ、そう、ある事件が起きる日までは……。


 ベアトリスのお腹もすっかり大きくなり、赤ちゃんがいつ産まれてもおかしくない頃、アリシアとベアトリスはその森に囲まれた小さな屋敷から追われるように逃げることになったのだった。


 ある日の午後、散歩から帰ってきたアリシアとベアトリスを女官達がそのまま裏庭で待っていた馬車に押し込んだのだ。


 馬車が発車すると同時に、屋敷からは今まで会ったこともない屈強な男達が走ってきて、アリシア達の馬車を追ってきたけれど、女官達が男達の行く手を防ぐように立ちはだかり、その男達が走っても馬車に追いつくことはできなかった。


 女官達のことは心配だったけれど、馬車はそのまま進むしかなく、このままどこへ向かっているのか、またなぜベアトリスは追われているのか、そしてなぜ女官達はそれを知って助けたのか、女官達は一体何からベアトリスを守ろうとしていたのか、アリシアには何もわからないまま赤ちゃんを産む直前のベアトリスとの生活が始まることになる。


 それはアリシアが7歳になる年の初夏の頃のことだった。



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