【第2章】その44✤1460年夏 ノーサンプトンの戦い
1459年11月に囚われたヨーク側の貴族達は、コヴェントリー議会の決定によってヘンリー6世に対する反逆罪で処刑された。
このように絶体絶命に見える中でもヨーク側は、対王妃マーガレットの姿勢を改めようとはしなかったため、1460年は年が開けてからも動乱続きだった。
特にカレー総督の地位も奪われたウォリック伯の怒りはあらわだった。
5月にウォリック伯が自らドーバー海峡のランカスター家製造中の艦隊を破壊したのを皮切りに、6月には軍を集め着々と戦闘の準備を開始。6月26日にはエドワードもまた、そのウォリック伯と彼の父ソールズベリー伯(エドワードの母セシリーの伯父に当たる)と共に2,000の兵と共にサンドウィッチに上陸した。7月に入ると約30,000の兵を連れてロンドンへ入り、7月10日についに”ノーサンプトンの戦い”に突入することになる。ノーサンプトンとはロンドンからマンチェスター方向に100km程北北西に向かった場所で、オックスフォードやケンブリッジからも60kmくらいの場所にある、イングランドの中東部の街の郊外に両軍は集結した。
実はこれはイギリスで初めて大砲が使用された戦闘だったのだが、運悪く大雨のためにランカスター側が用意した大砲は使い物にならなくなってしまっていた。しかしランカスター側に不運をもたらしたのは、ガラクタ同然となった大砲だけではなく、側近グレイ卿の部隊がヨーク派に寝返った事だった。
前回のラドフォード橋の戦いでは、ウォリック伯がカレーから派遣したアンドリュー・トロロープの部隊がランカスター側に寝返ってしまい、これによってヨーク軍は敗北してしまったのだが、今回はまさに逆のことが起こったのだ。
そもそも当時のイングランド王室や要職に付いている貴族達はほぼ全員が親戚同士だ。そしてこの薔薇戦争での争いは全て、もともとお家騒動から起こったもので、骨肉の争いの中、他の貴族や兵士達もどちら側に付くべきか決めかね、悩むことも多々あったことだろう。
しかしこの側近グレイ卿の裏切りは、ランカスター側に決定的な打撃を与えることとなる。
この戦いにおいて、ついにランカスター側は敗北し、ヘンリー6世を守るためにランカスター側のたくさんの貴族が戦死するのだが、そんな中ヘンリー6世は再びヨーク側に囚われることとなる。このヘンリー6世は時に記憶をなくすほど精神を病んでいたのだが、それでも当時の王というのは「神に選ばれたもの」であると誰もが信じていたため、家臣の多くはその「神に選ばれし高貴な王」を見捨てて逃げようとは思えなかった。
しかしここでも、王妃マーガレットと息子エドワードは逃亡に成功してしまったために、ヨーク家の完全なる勝利とはならなかったのだ。
この時に王妃とエドワードを取り逃がしたことを、後にヨーク家は後悔することとなるが、この戦いは幸運が重なった末の逆転勝利だったため、ヨーク側を異常なほど歓喜させるには充分だった。
逃亡先のアイルランドからこの戦に駆けつけようと移動中だったヨーク公とエドムンド、そして実際に戦闘に参加していたエドワード、そしてソールズベリー伯とウォリック伯の親子も「これこそヨーク家が王位を賜るという神の思し召し」と信じてしまったのだ。
そしてラビー城で待っていたセシリーや子供達もこの朗報に沸き立つこととなる。
信心深いセシリーはラビー城に来てからは、ますます神への礼拝に時間をかけるようになり、それはベアトリスも子供達も一緒だった。
「どうか愛する夫リチャード、息子のエドワードとエドムンド、そして兄のソールズベリー伯と甥のウォリック伯が戦闘で亡くなりませんように……」
これはセシリーの祈りではあるが、ベアトリスにとっても子供時代からずっと一緒に姉弟のように過ごしてきた、そして今は愛する人となったエドムンドが無事かどうか、心配でたまらず、毎日心かき乱されていた。
「どうか皆が無事で戻ってきますように。そしてエドムンド、あなたに何かあるくらいなら、その代わりに私は自分の身を捨てても構わないのです。神様お願いです…」
ベアトリスはこのように祈っていた。なのでこの朗報を聞いた時にはベアトリスとセシリーは深い安堵に包まれ、2人抱き合って号泣したほどだった。
そんな折に届いた朗報は、ヨーク家の皆を油断させるには充分だったのだ。
そしてヨーク家一族の運命の時は、すぐそこまで来ていた。
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