【第2章】その62✤新たなる旅立ち その2

 ベアトリスがセシリーと話し、ヨーク家から離れ、ミデルブルグからも旅立つことに決めたのは3月初旬のことで、3月中旬には既にミデルブルグにはいなかったのだ。


 彼女が旅立ったのには、それにはいくつかの理由があった。


 彼女にはエドワードの思いを受け入れることはできないということ。

そしてもちろん彼女はエドムンドとの間に出来たお腹の子供をどうしても無事に産みたかった、というのが最も大きい理由だった。


 そして実はもう一つの新たな理由は、実は最近ランカスター側の者たちがベアトリスのことを探しているという情報が入ったということもあった。


 覚えておられるだろうか。


 ベアトリスはランカスター家の前国王ヘンリー5世が愛人に産ませた息子ジョンの、その息子ジョージの娘だった。そして彼女の母もまたポルトガル国王ドュアルテ1世の庶子であった。庶子とは言え、高貴な血筋を二重に引いていた彼女は、現在劣勢のランカスター家にとって、何かのときに使える札になるかもしれないという可能性があったのだ。


 ヘンリー6世にはたった一人の息子“エドワード・オブ・ウェストミュンスター”しかいなかった。精神障害を抱えたヘンリー6世の血筋に国民は不安な気持ちがあったのも事実なので、ランカスター陣営もそれを察し、いっそヘンリー5世の血筋からランカスター家の後継者を探すという可能性も検討され始めていたのだ。


 ランカスター側の中には今回の敗北の全てはヘンリー6世と王妃マーガレットのせいであると言い出すものまで出始めており、このままヨーク家に全てを取って代わられるくらいなら、当主がヘンリー6世である必要もないという勢力まで生まれていた。もっと強力な代替(だいたい)者を探していたのだ。


 後に薔薇戦争後期において、最終的にはチューダー家のヘンリー7世が王位に就くが、実は彼の母のマーガレット・ボーフォートという人は以前に一度、当時まだ子供のいなかったヘンリー6世から王位継承者に任命されそうになった時があった。


 彼女はヘンリー6世の又従兄弟に当たり、初代サマセット伯ジョン・ボーフォートの孫娘だった。初代サマセット伯ジョン・ボーフォートとセシリーの母ジョウンは兄妹の関係だが、もともとこの兄弟達は非嫡出子であったのを、偉大なる父ジョン・オブ・ゴーントが無理やり嫡出子と認めさせ、ジョン・オブ・ゴーントの元愛人であり、3番目の妻となったキャサリン・スウィンフォードから生まれた子孫は正当な王の親族であると認められていたわけで、そう考えればベアトリスは庶子とは言え、正当な王ヘンリー5世の血筋の庶子であり、あながち王位から遠い存在でもなかったのだ。


 それどころか、ポルトガル王家の血筋も引いていた彼女は、使いようによっては政局を変える大きな駒となる可能性さえあった。


 後のヘンリー7世を考えれば、彼こそはそのもともとは非嫡出子の家系であったマーガレット・ボーフォートが母であり、父はリッチモンド伯エドムンド・テューダー(このエドムンドの母は確かにヘンリー5世の未亡人だった王妃キャサリン・オブ・ヴァロアだったが、彼の父はヘンリー5世とはなんの関係もない、身分は騎士というだけのオウエン・テューダー)という人だった。ヘンリー5世を亡くし、未亡人となった元王妃と、その愛人だった彼の子供達の正当性も当時は問われたこともあり、そう考えればヘンリー7世はダブルの血筋で非嫡子であり、彼こそよく国王にまでなれたものだ。


 つまり彼はヘンリー5世からの血は全くひいておらず、ヘンリー5世の祖父だったジョン・オブ・ゴーントのもとは愛人だったキャサリン・スウィンフォードの血筋であり、そう考えるとベアトリスの方がこの時点ではかなり王位に近いということはご理解いただけるかと思う。


 そう、一部のランカスター残党はそういう理由もあって彼女を探していたのだ……。


 彼女はなんといってもヘンリー5世の曾孫だったのだから。しかもベアトリスは男系の曾孫だった。ヘンリー5世には嫡子はヘンリー6世しかいなかったことが問題で、ヘンリー5世の男系の孫に当たるベアトリスの祖父のジョンがもし生きていれば、あるいは父ジョージでも生きていれば、2人とも非嫡子とは言え、前王ヘンリー5世の子孫には変わりなく、ランカスター家の戦局は変わっていたかもしれない。


 いずれにしても、ベアトリスにとっては、彼女をヨーク家の対抗馬にしようというランカスター側の勢力のもとへ行くということはあり得ない話で、そう考えれば今や国王になりつつあるエドワードのその母セシリーのそばにいれば、その点ではそれが一番安全ではあった。しかしセシリーの元に留まれば、いずれはエドワードの元へ行かなければならない事態になることだろう。国王となったエドワードはもう母の言うことも周囲の言うことも聞かず自分のしたいことをする可能性が一層高くなった。とりあえず自分の欲しいものは、以前よりも簡単に手に入れる事ができる立場となったのだ。そのエドワードの元でエドムンドの赤子は無事生まれることができるのか……そして幸せに生きぬくことができるのか……それはベアトリスにとっては自分のことよりも大きな心配となっていた。


 しかしでも、一体どこへ行けば良いというのだ……母の親族がいるポルトガル? それも考えてはみたが、母方の親族はもうほとんどが亡くなっていた。今更ベアトリスを受け入れてくれる場所はポルトガルでは思いつかなかった。


 そんな中、セシリーが提案したのがリンブルグ地方へ行くことだったのだ。かつてリンブルグ公国があった地方にある街リエージュ、その近郊ではかつての西ローマ帝国の皇帝だったカール大帝が誕生したと言われており、街には美しいマース川が流れている。


 ミデルブルグから東南方向へ約200km、神聖ロ-マ帝国領に近いリエージュは当時ブルゴーニュ公国の支配下にあった。セシリー達にとってその時のブルゴーニュ公爵善良王フィリップは敵ではなく、またリエ-ジュの司教はセシリーの遠縁だったのだ。


 セシリーはベアトリスがリエージュで住むための邸宅を用意させ、ベアトリスがセシリーの元へ預けられた際、ポルトガル王室とヘンリー5世側から養育費としてヨーク家に与えられた財産や貴金属の全てをベアトリスに渡し、そして最後に


 「これを持って行きなさい」と2つの指輪を渡した。


 エドムンドがウェイクフィールドの戦いで無惨にもクリフォード卿に殺された時に、従者の一人ジョン・モーティマーは

「この様子をヨークの親族達につぶさに報告せよ」と、クリフォード卿に言われ、そこから生きて帰ることを許されたのだが、その時モーティマーは殺害され、首を切断された後、そこに捨て置かれたエドムンドの遺体からこの指輪をなんとか抜き取り、持って帰ってきたのだった。

 

 ベアトリスは

「私もこれと同じものをエドムンドからもらいました」とポケットに入れてあった綺麗な刺繍がある布の袋から取り出して見せ


「1つは私達の生まれてくる子供のためにいただきます。でもどうかもう1つはセシリー様がお持ち下さい」と1つだけを手に取り、その刺繍の施された美しい袋の中に大切に入れた。


「これは3つのリングが合わさってあの子の称号である"Earl of Rutland" (ラトランド伯爵)と読むことができる指輪なのですよ。3つとも貴女が持って行けばいいのに」とセシリーは言ったが、


「いつかまたこのお腹の子と共にセシリー様にお会いできる日が来るまで、どうかあの人の形見を持っていてください」とベアトリスは答えた。


 かくしてベアトリスは数名の女官と共に船に乗り、川を使い、リエ-ジュへと向かったのだった。




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※やっと【第2章】イングランド編が終わりました。

次回から【第3章】で舞台はこれから約10年後のブルージュのベアトリス、アリシア、セシリアの話へと移ります。




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