【第2章】その53✤必ず王になり、そなたを迎えに来よう
数日かかって到着した場所は、カレーから200km程北に行ったヴァルヘレン島―現在のオランダの西部ゼーラント州にある半島―だった。
そこからカレーまでは陸地からもわずか200kmの距離であり、エドワードの使者が待っていて、マーガレットと2人の弟ジョージとリチャードはそこからまた170km程北方のユトレヒト-ちなみに現在のオランダのアムステルダムからは45km程離れた都市-の親戚の元へ送る手配がなされ連れて行かれ、セシリー、ベアトリスとはひとまずその半島にある港町ミデルブルグで待つように言われた。
この先どのような戦局になるかは誰もわからず、どちらかといえば敗戦の気配が多く漂うヨーク家は、戦争に参加しない者、あるいは参加出来ない者は少しでも遠い安全な場所へ逃亡させておく必要があった。信じられないことだが、ヨーク家の当主ヨーク公リチャードは殺されてしまったのだ。
さすがのエドワードもせめて妹と弟達は少しでも安全な場所へ送りたいという母セシリーの願いを聞くより他はなく、急いで見つけた逃亡の地というのが遠い親族が住むユトレヒトだった。
またセシリーとしてはベアトリスも共に送るつもりだったが、従者に連れて行かれたのは3人だけで、ベアトリスはセシリーと共にその地で待つことになったのだった。
3人の姉弟は母セシリーと、姉のようなベアトリスと別れるのは不安だったが、今は14歳のマーガレットが母代わりになるしかない。今、母達と共にエドワードの元へ行き、もし最終的に戦争に負けてしまった時には、一族は皆殺しになる可能性があるのだ。
だがせめてこの弟2人だけでも死なずにいたら、数年後には戦局も変わり、ヨーク家の時代が来るかもしれないではないか。
しかし実はこの時には誰もがそこまで楽天的には考えていなかった。
ヨーク公リチャードやエドムンドがあのように殺され、死んでなおあのような辱めを受けた中、一体この時には誰が再びヨーク家の天下が訪れるなどと思っていただろう。
この1461年1月の時点ではヨーク家がイングランド王となる可能性よりも、一族が皆離散し、消滅させられる可能性のほうが遙かに現実的な見方だった。
そしてセシリーとベアトリスがミデルブルグで10日程過ごした頃、エドワードが従者を連れてやってきた。今後の計画をセシリーと共有するためと、そしてエドワードはどうしてもベアトリスに会いたかったのだ。
できれば彼女を自分のカレーの城にこのまま連れて行きたいほどだった。
ベアトリスとお互いに愛し合っていたエドムンドは可哀相なことに死んでしまったではないか。
あの時、父リチャードにエドムンドをカレーへ連れて行くように言われていたのに、弟の顔を見るのも嫌で先に出発してしまい、それでエドムンドは父と共にサンダル城へ行ったのだ。そしてウェイクフィールドの戦いで殺されてしまうとはなんと運の悪い奴なのだろう。
ベアトリスはさぞや傷心していることだろう、エドワードは今このチャンスを失いたくなかった。彼女が悲しみで沈んでいる時こそ、やっと彼女を自分のものにできるのではないかと考えていた。
「長年邪魔してきていた弟エドムンドは死んだのだ。今こそ我が思いを成就させる時」と……。
しかし母親であるセシリーはそれらの全てに気がついていた、なのでベアトリスがエドワードと決して2人きりになることがないように注意をした。ちょうどここでは寝室も一つの部屋しかなくて、ベアトリスとセシリーは同じ部屋で休んでいたし、エドワードも母の手前結局は何もできなかったのだ。そしてエドワード自身もこの時はベアトリスの元でゆっくり過ごすような時間は全くなかったのだ。一晩を過ごした後、ウォリック伯の待つカレーへ急いで帰らなければならなかったのだ。
実はこの時セシリーは、若く美しいままに死んでしまった息子エドムンドが可哀想で堪らず、彼が心から愛したベアトリスを守らなければという気持ちが芽生えていたのだ。
ベアトリスを守りたい-それにはもう一つ別の大きな理由があるのだが、それは今まだセシリーも100%の確信があるというわけではなかったのだが……。
一方、ベアトリスはエドムンドが死んでからは霧の中を彷徨っているような精神状態であり、エドワ-ドの訪問の際も頭の中はエドムンドでいっぱいで何もわからなかった。
ただ最後に別れる際にエドワードに言われた
「必ず王になって、そなたを迎えに来る」という言葉だけが耳に反響し、エドムンドのいない悲しみをますます深くさせるのだった。
ベアトリスは悲しみから体調も崩し、それからしばらくは
「このまま自分も死んでしまいたい」と願いながら、辛い日々を過ごすのだった。
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