【第2章】その52✤セシリーとベアトリスの悲しみ

 セシリーはその知らせを聞き、意識を失ってしまった。


 ヨーク公リチャードが戦死したというのだ。ランカスター側の戦死者が200人ばかりに対して、ヨーク側の部隊のほぼ全滅だったらしい。

そしてその原因を作ったのはセシリーの親族の一人ジョン・ネヴィルの裏切りだというではないか。


 亡くなったのはヨーク公リチャードのみならず、セシリーの兄に当たるソールズベリー伯、そして愛する息子エドムンドまでも殺されてしまったのだ。


 足を怪我していたヨーク公リチャードは歩いて逃げまどっていた所を捕らえられ、息子エドムンドの最期の苦しみを聞かされ、義兄ソールズベリー伯の最期を目の前で見せられ、そしてランカスター側の兵士はじめ士官でもある貴族達に嘲笑された後、頭を打ち落とされた。彼ら3人の頭は棒に刺され、ソールズベリー伯やエドムンドと共にウェイクフィールドから55km程東方のヨーク家のお膝元の城門ミックルゲート・バーに、見世物として吊り下げられたという。


 「あぁ、なんと酷(むご)いことをするのだろうか……」


 頭に紙でできた王冠を被せられただけでも屈辱的だというのに、

『ヨークにヨークの町を見させろ』と書かれた札も一緒にも吊り下げられて、死してなおもまだ辱めを受けているのだ。


 ランカスター側の、あまりにも残酷な仕打ちの数々にセシリーの胸は張り裂けそうになる。

「どうか、神よ。全ては夢でありますように……」

 

 ベアトリスも、途中何度も耳を塞いでしまいたいと願いつつも、それでも

 「エド、私の愛するエドムンドに何が起こったというの……」と、愛する彼の最期の様子を聞いた。

 

 エドムンドは若いながらも勇敢に戦い、父ヨーク公リチャードや伯父ソールズベリー伯を庇い、逃げ道を作った後、クリフォード卿に殺されたという。

 ヨーク公リチャードの命で城の外に出た時、ヨーク側は四方八方を考えられない程の大軍に囲まれたことを知る。


 一抹の希望は、森の奥にいるのが本当はランカスターの兵士達ではなくて、エドワードやウォリック伯の援軍ということだった。


 でもそれはヨーク側の最後の幻想でしかなかった。


 あまりにもお粗末な-ジョン・ネヴィルを信じたことの-判断ミスでヨーク公リチャードは最後クリフォード卿によって、愛する息子エドムンドの血がついた刀を拭いた布を投げつけられ、罵られ、結局殺されてしまったのだ。


 「あの誇り高いリチャードが、そんな目に合うだなんて……」

 あまりの残酷な結末に、セシリーはこのまま自分も死んでしまっても良いとすら思うのだった。彼らは中世の貴族には珍しい程、仲の良い夫婦だったのである。


 しかしながら、セシリー初め、ヨーク公リチャードの子供達も、深い嘆きに身を任せ、そのまま悲しみに沈みラビィ城にいることは不可能だったのだ。裏切り者のジョン・ネヴィルがいつ自分達を殺しに来るかわからないではないか。


 セシリーはベアトリスを叱咤した。

「今すぐに子供達を連れてここから逃亡しなければなりません」


ベアトリスは言う。

「いいえ、私はここに残ります、私にはもう生きる気力はないのです。私の血を引くランカスターによってリチャード様も、そしてエドムンドも殺されました。もう私など生きている価値などないのです」


セシリーは言う。

「貴女はエドムンドを愛していたのよね……私も知っていましたよ……。でも私にとっては夫リチャード、息子のエドムンドも兄のソールズベリー伯も亡くなったのですよ。

 そして私もランカスターの血を引く者、それに今回の一番の裏切り者は私の甥であるジョン・ネヴィルなのよ。

 でもだからと言って、それが貴女や子供達まで死なせる理由にはならないわ。エドムンドを愛しているのなら、どうか私達を助けてちょうだい。

 子供達には貴女が必要だということは貴女にもわかるでしょう!」


 セシリーの祖父(母方)と、そしてヨーク公リチャードの祖父(こちらは父方と母方と両方共)は共にエドワード3世の血を引く者であり、その子供達はイングランド貴族の中でも類(たぐい)まれな高貴な血筋を引く子供達であった。


 なのでランカスター側にとって、この兄弟達もまたヨーク公リチャードと同じくらいに邪魔で仕方なかったのだ。


 セシリーに急(せ)かされ、マーガレット、ジョージ、リチャードを連れ、5人は女官や城に残っていた兵士達と逃げる算段をする。

「ひとまずカレーに向かいましょう、エドワードやウォリックもカレーに戻ったはず。彼らと合流しなければならないわ」


 今こんなときにエドワードに会わなければならないという自分の運命をベアトリスは呪った。しかしこれ以外の最善の逃亡先は一体どこにあるというのだ。


 ベアトリスは自分で何かを考えることすらできない状態で、セシリ-に従うより他はなかった。


 「仕方がないわ、とにかく今は一緒にカレーへ行き、着いてからまた考えれば良い……」


 ベアトリスは14歳のマーガレットを抱きしめることで、マーガレットのみならず、自分自身の気持ちを落ち着かせるしかなかった。


 マーガレットもそしてまだ子供であるジョージやリチャードはひどく怯えていた。冬の寒い海の船室にて4人で肩を寄せ合い励ましあった。マーガレット始め2人の弟達にとっては、母セシリーと、長姉のような存在のベアトリスが一緒だということは大きな励ましであった。


 ベアトリスはエドムンドからもらった銀の指輪を胸に抱き、長年姉弟のように育ち、心から愛していた……なのにもう2度と会うことはできないエドムンドの幻を夢に見ながら、カレー港へと向かう船の旅を続けるのだった。



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