【第2章】その51✤クリフォード卿によるエドムンドの最期

 エドムンドは籠城から兵を引き連れ城の外へ出て、最初はあまりの光景に言葉を失った。

「敵の数が多すぎる」


 守りの兵達に聞いていた敵の数はおよそ3,000人、しかし今目の前に広がる兵の数はどう見ても10,000人を超えている。


 しかし父であるヨーク公リチャードは落ち着いていた。エドワードとウォリック伯の援軍がもうすぐそこまで来ているとジョン・ネヴィルに聞いていたからだ。


 ジョン・ネヴィルはヨーク公リチャードに文を見せた。


「今朝早馬が来て、エドワード様とウォリック伯からの伝言がここに」

『我らは昼までに到着する予定、森の奥で待機する』


 その後に続いた文面は、ヨーク公リチャードの軍隊は城を出て敵に攻撃を仕掛け、城の側からとエドワードの軍がいる森の側からで敵を挟み撃ちにしようという計画を共に遂行しようという手紙だった。


 なのでヨーク公リチャードはこの敵を見ても動揺することはなかった。


 この目の前に広がる敵達の後ろには勇敢な嫡男エドワードと、無敵を誇る勢いのウォリック伯が待機していると信じたからだ。


 しかしそれは幻想だった。


 全てはランカスター側に寝返ったジョン・ネヴィルの罠だった。実際にはその頃まだエドワードとウォリックは2日以内には到着するのはどう考えても不可能な海上にいたのだから。


 最初にこれは罠だったと気がついたのはソールズベリー伯だった。


 ジョン・ネヴィルはソールズベリー伯の甥に当たる。つまりソールズベリー伯とセシリーの兄の子供に当たるのがジョン・ネヴィルなので、エドワードやエドムンドにとっては母方の従兄弟に当たる。しかしソールズベリー伯とセシリーの父に当たるラルフ・ネヴィルは2回結婚していて、ジョン・ネヴィルの父ネヴィル卿と、そしてソールズベリー伯とセシリーは腹違いの兄弟であった。


 そもそもセシリーの父親であるラルフ・ネヴィルは多産で、ジョン・ネヴィルの祖母にあたる1番目の妻マーガレット・スタフォードとの間には9人の子を成し、またソールズベリー伯とセシリーの母ジョウン・ボーフォートとは14人の子供を成していた。


 つまりこのネヴィル家の血を引く者はイングランド貴族内でも想像以上に多く、伯父と甥と言っても、親戚ではあるが、お互いに親しい親族というような認識はなかった可能性もある。


 それが証拠に薔薇戦争というのは、ランカスター家とヨーク家に始まり、その後はヨーク家とこのネヴィル家の争いへと移っていったのだから……。

 

 ソールズベリー伯は思う。


「あの甥のジョン・ネヴィルを信じたことが誤りだった」


 でも、そのことに気がついた時には全ては後の祭りで、ヨーク公リチャードとソールズベリー伯はあっという間に敵の兵士達に取り囲まれてしまった。


  でもそれに気づいた時には何もかもが遅すぎた。自分達が出てきたばかりの城の門は敵によって頑丈に閉ざされ、もう城に戻ることはできなくなり、前進する道しか残っていなかったのだから。


 「前進……でもどこに……」


 平原もその先の森の中もひと目で異常な数の兵士達が待機しているのが見て取れた。この時のヨーク陣営には既に絶望しかなかった。


 2人を助けようと、エドムンドはヨーク公リチャードの母方の親族であるモーテイマー兄弟と共に彼らの逃走する道を開けようと、勇敢にも敵の前に立ちはだかった。剣を抜き、敵を倒し、モーティマー兄弟と共に父と伯父に続こうとしたが、行く手を阻まれ反対の方角へ逃げるしかなかった。モーティマー兄弟の兄ヒューはヨーク公リチャードと、そして弟のジョンはエドムンドと共に逃走する。


 しかし実はモーティマー兄弟もまた

「女(王妃マーガレット)が大将の部隊を何故恐れる必要がある」と何度も口に出した上、ヨーク公リチャードに

「籠城などする必要なし、直ぐに開戦だ!」と進言していた2人で、これは勝てる戦と甘く見ていたのだ。


 エドムンドはカルダー川の橋まで逃げ切ったのだが、そこで運悪くジョン・クリフォードに捕まってしまう。自分達の甘い判断に責任を感じたジョン・モーティマーは、クリフォード卿に懇願する。


「このまだうら若きエドムンドを殺さないでくれ」と……。

しかし、5年前のセント・オールバンズの戦いで父トマス・クリフォードを殺害されたクリフォード卿は復讐に燃えていた。


「若いだと? これほど体格の良い、そして既に戦闘に参加して、我らの兵を殺した男を何故若いという理由で許さなければならないのだ。5年前の戦闘で私の父が年老いているからといってヨーク公は慈悲をかけたとでも言うのか」


 エドムンドは観念した、そして言う。

「では、頼む、お前が憎むのはヨークの者だけ、ならばどうかこの者-ジョン・モーティマーは見逃してやってくれ」と……。


クリフォード卿は鼻で笑うが、

「あぁ、良いとも。この者は生かして、お前がどのような最期を迎えたかお前の親兄弟に伝える役目を与えよう」



 クリフォード卿のこの時の思いは、有名なシェイクスピアの三部作である『ヘンリー6世』にも書かれている。


『お前の兄たちがここにいて、お前とやつらをまとめて殺すことができたとしても、俺の復讐にはまだ足りない。お前の祖先の墓を全て掘り返し、腐った棺桶を鎖で数珠繋ぎにしても吊り上げても、俺の怒りは収まらず、心も穏やかにはならない。この我が目にとまれば、ヨーク家の者なら誰であれ、復讐の女神のように俺の魂を責めさいなむ。呪わしい一族を根絶やしにして、一人残らず消すまでは、俺にとってこの世は地獄のまま』(シェイクスピア作『ヘンリー6世』第三部の第一幕 松岡和子訳)


 そして続く、


『お前の親父は俺の父を殺した、だからお前も死ぬのだ』

クリフォード卿はエドムンドに慈悲をかけることはできなかった。


 クリフォード卿は、エドムンドに神への最期の祈りを唱える時間すら与えず、刀で心臓をひと刺しにした。


 刺された時のエドムンドの頭に浮かんだのは、ベアトリスの微笑んだ顔、そして母セシリーと妹マーガレットや弟達と過ごしたラドロー城での楽しい日々だった。

 

 17歳のこれからという時に、彼の人生は無惨にも散ってしまったのだった。


 

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