【第2章】その37 ✤ヨーク公リチャードの野望

  ヨ-ク公リチャードは臍(ほぞ)を噛む思いだった。


 1455年5月、彼の陣営は大勝利を収め、ヘンリー王を影から操っている憎きランカスター一族の王の側近中の側近サマセット公エドムンド、またヘンリー3世の縁者に当たるこれまた長年の敵パーシー家のノーサンバーランド伯ヘンリー・パーシーとクリフォード男爵トマス・クリフォードを討ち取り、彼は護国卿に任命されたのだ。2回目の護国卿就任だった。


 ところが年末にまたもやヘンリー王の精神状態が回復したため、ヨーク公はたった半年という短い任期で護国卿を解任されたのだ。


 これには妻のセシリーも落胆した様子だった。王座はすぐ目の前、と考えていたヨ-ク公リチャードとセシリー夫婦は、この半年はいつも以上に、家族にはもちろん、親戚達にも大盤振る舞いをしてきた。護国卿に就任した際には王族である自分達の一族に見合うようにと、盛大なパーティーも開催したのだった。


 当時ヘンリー6世の宮殿は側近及び、王妃マーガレットも贅沢を好み、豪奢(ごうしゃ)な生活ぶりは国民の顰蹙(ひんしゅく)を買っていたが、実際ヨ-ク公リチャードの散財ぶりは、当時イングランドでも有数の財産家であったバッキンガム公の倍というほどで、出資の多さから、家計は火の車だったのだ。


 そもそもヨ-ク公リチャードは妻セシリーには頭が上がらない。子供時代に彼女の父に引き取られたというのもあるが、子供時代からセシリーは美しかった。4歳年下の彼女とは兄と妹のように育てられていたのだが、幼い時からセシリーは美しいだけではなく気持ちの優しい少女で、愛らしかった。彼が12歳、セシリーが8歳の時に2人は婚約し、その後結婚したが、彼女の望むものは、装飾品でも衣服でもかなり高価なものでも購入してきた。彼女が子供を産むと必ず何か記念の宝石を購入し贈ったものだ。


 彼はセシリーには感謝していた。セシリーは素晴らしい妻だった。彼女はなんとたくさん子供を産んでくれたことだろう。14人産んで、半数は亡くなってしまったが、それでも男子は4人もいるのだ。最後の娘は双子ということで、1人は既に秘密裏によそへ預けたが自分が王になった暁には呼び戻したって良いくらいだ。なんせ双子の片割れで手元に残したウルスラの方はその後亡くなってしまったのだから。とにかく王にさえなればなんとでもできることだろう。


 世間になんと言われようと、彼は妻を信じていた。あの信仰心の厚いセシリーが不義の子を産むわけはないのだと。


 そして彼女には王妃のような生活をさせるのが妥当であると常々考えていた。なぜなら17歳と13歳で結婚した際には

「2人でイングランドの王と王妃になろう」と誓ったのだから。

そしてその誓いはもうすぐ叶うはずだった。護国卿になり、ヘンリー6世後の正統な後継者は自分以外に誰がいるというのだ。


 なんせ、彼は偉大なるエドワード3世の血筋を父方からも母方からも継いでいたのだ。ヘンリー6世よりも玉座に近い場所にいるのは明白だろう、と考えていた。


 それに国民も貴族達も、百年戦争の敵シャルル7世の親族である王妃マーガレットとそのフランスの血を引く息子エドワードが将来国王になり、イングランド王国を支配されるのは我慢ならないとは思っていたのだから、王位はヨーク公リチャードにすんなり転がってくるだろうと、ヨーク家の人々が考えたのも無理はなかったのだ。


 しかもヘンリー6世と王妃マーガレットの息子エドワードはまだたった2歳の赤ん坊で、この戦闘での勝利で政敵は願い通り死んだというのに、ヘンリー王がまたもや正気を取り戻したおかげで、2度目の護国卿の地位を追われ、評議会議員の地位は認められるも政治からは引き離される。


 一体あの戦闘での苦労はなんだったのだろう。何のために自分達は兵を集め、そのためにかなりの散財をしてまで戦をしたと言うのだ。

 

 いや、違う。決してこれで終わりではない。王妃マーガレットの存在を憎む貴族もたくさんいるのだ。一度は承諾したように見せて、その時が来るのを待つことにしよう。


 それに今は息子のエドワードやエドムンドもまだ若すぎる。この2人が戦力になる頃に、王妃マーガレットに対抗できる日が来るに違いない。


 この時、貴族達は「ヨーク派」「王妃マーガレット派(この中には戦で親兄弟を殺されヨーク公に恨みを持つ貴族達がいた)」「どちらにも付かない傍観派」の三つ巴となっていた。だがこの三つ巴の状態によって均衡が保たれていたため、比較的落ち着いた頃でもあった。


 そして彼は考える。そろそろ娘達の結婚相手も決めておいた方が良いかもしれない。


 娘の婿達はこのヨーク家のためになる者達でなければならない。長女のアンは既に6年前から嫁ぎ先のエクセター公ヘンリー・ホーランドの家族のもとで暮らしている。でも我が家にはまだエリザベスもマ-ガレットも、それから娘ではないが我が家で引き取って養育しているランカスター家のベアトリスもいるではないか。


 だが待てよ、実は長男エドワードの結婚相手を探すのが、一番の重要事項ではないだろうか。13歳になった長男で跡取りの世継ぎと大切に育ててきたエドワードの嫁を誰にするのかを考えるのは現時点で一番重要なことだろう。


 そんなことを考えている頃に、ちょうど隣のブルゴーニュ公国で姫が誕生した。「我らが姫君」マリー・ド・ブルゴーニュである。



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