【第2章】その47✤エドワードとエドムンド兄弟の想い

 ヨーク家はもう少し待てば一族に転がり落ちてくるであろう王冠と玉座に既に夢見心地で、毎晩のように祝宴をあげていた。ご馳走を用意し、葡萄酒をのみ、そして中世の宴では道化師が芸を披露したり、詩を読んだり歌ったり踊ったりもする。

 

 ヨーク家の兄弟達は、道化の芸に歓声を上げつつ同じテーブルに着いて宴に参加していたが、当主であるヨーク公リチャードとセシリー、そして嫡男であるエドワードは中央の真ん中にある特別な席に座っていた。


 ベアトリスはエドムンドと、今まだ結婚相手が決まらずに家に残っているマーガレット、そして下の2人の弟ジョージとリチャードと同じ席についていたのだが、そこにエドワードがつかつかと歩いてきたと思ったら、突然ベアトリスの手を取り

「我がテーブルへ」とベアトリスをうながし、

「エドワード、何故? 私はここで良いのです」と言うベアトリスの声には耳を貸さず、自分の中心にあるテーブルの席に連れて行ってしまった。


 ベアトリスには意味がわからなかった、どうしてエドワードはこのようなことを自分にするのだろうか。


 これを見たセシリーとヨーク公リチャードは一瞬何か言おうとしたのだが、何も言わずそのまままるで何事もなかったかのように宴は進行し、ベアトリス以外の参加者は皆楽しんでいた。


 エドワードはベアトリスに何か話しかけるということでもなく、ベアトリスもすっかり大人の男性になってしまったエドワードがまるで昔とは別人のようで、気軽に話しかけることも躊躇(ためら)われ、宴の最中だというのに2人の間に会話はなかったのだ。


 何より問題はエドワードの真意がわからなくて、その中での彼のこのような行動はただただベアトリスを困惑させただけだった。


 一方、この時のエドムンドもまた気が気でない状態だった。エドムンドはこの時はっきり気がついてしまったのだ、自分と兄の想い人は共にベアトリスだということに……。


 冷たいと感じるくらいに昔から冷静な兄、その兄らしくない行動に、エドムンドは愕然(がくぜん)としてしまった。エドワードは15歳を過ぎた辺りから大柄になり、それに伴い武芸にも優れ、昔のように暗い兄というイメージは全くなくなっていた。今回盛り返してきたヨーク家の嫡男である兄は今では次期皇太子でもあり、自分の人生を「この世の春」と捉え、今まさに謳歌しようとしてもおかしくはないではないか。


 そしてその兄が今ベアトリスを自分の側に置こうとしている。


 それは妻としてなのか、あるいは愛人にでもするつもりなのか、どちらにしてもエドムンドを不安に突き落とすには充分だった。エドワードはイングランド王国の皇太子となりつつある今となっては、ボルトガル王家の血を引くベアトリスに対して、臆病になる必要はなかった。


 そして兄と自分はたった1歳違いではあるが、今となっては立場が全く違うのだ。


 ラトランド伯という称号しかない自分と、イングランド王国皇太子の兄では自分の思いをどう説明したとしても、周りが自分の思いを聞き入れてくれることはないだろう。


 また兄がベアトリスを欲した場合、父や母はどうするのだろうか……。


 考えれば考えるほど恐ろしい想像がふくらみ、絶望的な気持ちを抱えながら、エドムンドはベアトリスを残して妹や弟達と共に一足先に宴を後にした。自分がベアトリスと一刻も早く結婚するためにどうしたら良いのか、一人冷静に考える必要があった、

 

 一方、ベアトリスも宴の進行と共に状況を理解し始めていた。エドワードが時折ベアトリスを見つめる瞳はまさに想い人を見つめる人のそれだったからだ。


 宴が終わりやっと自室へ戻ることを許されたベアトリスに囁(ささや)いた、エドワードの言葉にベアトリスは衝撃を受ける。


「明日はこの城を発つ日。そなたと過ごせるのは今宵だけなのだ」


 真っ青になり部屋に戻りベッドへ入ったベアトリスは、エドワードが夜に自分の部屋に来るつもりなのだろうと理解した。そして、ならばこの日はエドワードが来るまでは一睡もしない覚悟で待つことに決めた。


「説明したらきっとわかってくれるだろう、私が愛しているのはたった一人、エドムンドだけなのだ」と、とにかく最初にエドワードに言わなければ……。


 この一家の一員としてヨーク家の兄弟達と過ごしてきたが、それでもいつも側にいてくれたのはエドムンドだった。ベアトリスの両親を亡くした寂しい気持ちを埋めてくれたのは、1歳年下ではありながら、しかし頼もしく、そしていつでも明るいエドムンドの存在だったのだから。


 しかしベアトリスはこの長い宴に疲れていたのだ。この数日は朝も昼も続く宴の用意も手伝っていたのだから……。そういうわけで、ついウトウトと眠りそうになった時、ドアが開き、部屋に誰かが入ってきたのだった。




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