第10話 音の正体3

 —次の日の朝—


 目が覚めたらリビングのソファーだった。どうやら、そのまま寝てしまったらしい。体には毛布が掛けられていた。そして、足元でキナコが寄り添うように寝ていた。私が動き始めるとキナコも目を覚まして、いつものように出窓のクッションの上で日向ぼっこを始めた。


 いつもの日常の風景だが、気持ちは最悪だった。あの野太い声の記憶があまりにも鮮明に残っているからだ。夢ではなく、現実だったのかもしれない。でも、パパは返して欲しい…。


 そう思いながら時計を見ると午前6時15分だった。あずきもパパもまだ寝ている。そろそろ起こす時間だ。そう思ってリビングから出ようとしたら、誰かが階段から下りてきた。スーツ姿のパパだった。出勤するには早すぎる時間だ。平静を装って「おはよう」と声をかけるがやはり返事はない。パパは無言で玄関へ行き靴を履いている。後ろ姿を見て今しかないと思った。「肩にゴミが付いてるよ」と言って3回手で払うフリをして除霊を試みた。全神経を手に集中させ一瞬のチャンスに賭けた。


「ありがとう」とパパが振り向いた。その姿は、いつもの優しいパパだった。

「今日は、会社に行くのが早いんだね。気をつけてね」

「そうなんだよ。会議が朝からあるんだけど、まだ準備が終わってなくて…」

「そっか、大変だけど頑張ってね」

「うん、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 そして、トントントンと階段を駆け上って行く音がした。


 その時、気がついたのだ。『あれ』は、この家から出られないのではないかと。玄関を境に、パパの体を出たり入ったりしているのかもしれない。除霊は、意味がないことを悟った。『あれ』は、悪魔になると言っていた。人の魂ではなく、人の感情の集合体…なのか?私の中で悪魔とは、マイナス感情の集合体というイメージが強かった。なぜなら、今まで出会った本やアニメではそういう描写が多かったからだ。なら、闇には光が唯一の解決方法になる。


 光…光か。魔法が使える訳もなく、現実的な解決方法は思いつかない。


 そんなことを考えながら、あずきを起こして、朝食の準備をして、キナコに餌を出して、自分もパートに出る準備をしていた。ふと足元を見るとキナコがずっと纏わり付いていることに気がついた。歩きにくくて仕方がない。


「ニャー!ニャー!」

「キナコ、ごめんね。今日はお仕事の日だから遊べないんだよ」

「ニャー!ニャー!」


 私の進行方向を塞ぐように纏わり付き、何かを必死に訴えている気がしたが、出勤時間も迫ってきている。考えている余裕がない。そんな様子を見ていたあずきが言った。

「母、今日は出掛けない方がいいんじゃない?」

「どうして?」

「キナコが、出掛けたらダメって言っている気がする」

「でも、今日は人が少ないから仕事は休めないよ。事故や怪我には十分気をつけるよ。あずきも気をつけてね」

「母、死なないでね」

「そんな物騒なこと言わないでよ。不安になっちゃうじゃん」


 そう言いながら、あずきを見送り、私は原付バイクで家を出た。

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