第32話 満月の夜

〈あの時のスーツ〉で思い当たる事と言ったら、夢の中の黒いスーツの男性。あれは、私の前世ではなかったのか…。あの男性が夜空さんだったということは…どういうこと?

 私は、あの時の夢をゆっくり思い出していた。水の中だったはずだけど息はできていて、天気が良くてあったかい感じの夢。あの時、落ちてきたのが夜空さんだったってこと?


 落ちてきた…私の夢に?意識に?

 私の意識に落ちてきたのなら、もしかしたら、あの時、すでに私の恋が始まっていたのかな?

 …まさかね。


 少女マンガみたいな事を考えている自分が可笑しくなった。


         ***


「黒いスーツの人で良いんだよね?やっぱり、人が多いなぁ。探せなかったらどうしよう」

 30分くらい歩き回ったが見つからない。どうしよう…と空を見上げたら、今日は、大きくて綺麗な満月の夜だった。


「そうか…。そうだったんだ。もう少し探してみよう…」と再び歩き始めた目線の先に黒いスーツの男性がいた。

 あの夢の中の男性と同じスーツというよりも同じ後ろ姿だった。

 思わず走り出していた。そして、その背中に向って「夜空さんですか?」と迷わず声をかけた。

 その男性は、ゆっくりと振り向き笑顔でこう言った。


「月さん、ちゃんと会えましたね」

「はい」

「覚えていますか?満月の夜に約束をしたことを」

「はい。夜空さんのハンドルネームを見た時に思い出しました。私のハンドルネームが月で、2人合わせたら夜空の月かって思った時に…」

「良かった」

「だから、今日を選んだんですよね?」

「バレてましたか?」と照れくさそうにした。

 そして、真面目な顔をしてこう続けた。

「月さん、随分とお待たせしました。またあなたと恋がしたいです」

「随分と待ちましたよ。危うくおばあちゃんになるところでした。私で良ければまた恋をしましょう」


 ***


 記憶が戻ってからは、あずきたちの姿をみる回数が減り、今ではもうほとんど見えない。でも、近くにいるんだよね?


 みんな、ありがとう


 この幸せを手に入れる為に、たくさんの試練を乗り越える必要があったんだよね。ちょっとしたことが幸せだと気がつける自分になるために…。


 そして、私を見つけてくれてありがとう。


 そうそう、アレは、まだ何処かにいるので出会ったら全力で逃げた方が良い。アレは、嫉妬、憎しみ、敵意など、人を攻撃するような感情が好きみたい。私もそんな感情に囚われていたんだと思う。だって、好きで結婚したのに、いつしか毎日毎日、頭の中で自分の夫を刺し殺していたんだから。何百回何千回と脳内で殺人を犯していた。それでも、私は良い人でいたかった。良い母親でいたかった。それだけが私の理性だったのかもしれない。


 それでもあなたは、前世からの約束だと言って私を愛してくれますか?もう一度、私は生き直すことができますか?


 この世から争いが消えて、感謝や思いやりで溢れるとアレもいなくなるのだろうか?それを確かめる術はあるのだろうか…。

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