第19話 記憶3

 そうだ…。

 そうだ…。あの時…。


         ***


「ちち、あけて!かぎ、あけてー!」

 お仕置きだと言って、泣き叫ぶあずきを2階のベランダへ追い出したパパ。


(あの時、あずきは泣き叫んでた。あの時、あの子を助けてあげられていたら…)


 しばらくすると、泣き疲れたのか、叫び疲れたのか、あずきの声がしなくなった。

 突然、玄関のドアを激しく叩く音が聞こえてきた。


「天川さん!大変!早く開けて!」と叫んでいる声がした。何事かと玄関を開けたら、近所の奥さんだった。

「あ、あずきちゃんが…」と私の手を取り崖の下の道路へと連れて行かれた。そこには、たくさんの人だかりと救急車やパトカーが来ていて騒然としていた。私は、何が起こったのか理解できないまま、ゆっくりと人だかりの中心に歩いて行った。そこには、血だらけでぐったりとしたあずきがいた。


「あ…ずき?」

「お母さんですか?」と救急隊員が私に話しかけて来たが…声が出ない。周りの音も聞こえないくらい静かな感じがした。そして、ぐったりしているあずきへ駆け寄った。

「あずき、起きて!あずき!」

「お母さん、すぐに病院へ運びます。一緒に乗ってください!」と言われたような気がしたが…理解ができないまま、言われるがままに救急車に乗ったような…。


 その後、どうしたんだっけ?

 病院で手術になって…。

 パパも真っ青な顔をしてたんだ。隣に座ってて…何か言ってたなぁ。

 なんだっけ?


 そうだ…。

 パパ、真っ青な顔で「あずきが死んだら、俺たち別れよう」と言ったんだ。死んでもないのにそんな事を言うなんて人間じゃないとショックだった。そして、私は、聞こえないふりをして手術が終わるのをじっと待った。


 手術中のランプが消えてお医者さんが出てきて…

 あれ…?

 記憶と違う…?

 あれ?


「残念ですが…」と言われたんだ。

 パパとその場で泣き崩れたんだ。

 でも、家に帰ったら、あずきが笑顔で遊んでて「ちち、はは、どこにいってたの?」っていつも通りだった。

 あずきは生きてたんだってホッとしたのを覚えてる。それなのに、パパは誰と話をしてるんだって変な顔をしてたんだ。

「あずき、生きてた。ニコニコしてこっちを見てるじゃない」


「変な事を言うんじゃない!」

 パチン!と頬を叩かれた。


 痛い!


         ***


 頬に痛みを感じた瞬間、目の前に白い壁…いや天井が見えた。

 その瞬間、女性の声が聞こえてきた。

「先生呼んで来て!天川さんの意識が戻りました!」

 そして、白衣を着た男性が目の前に現れた。

「天川さん、ここが何処だかわかりますか?」と優しい声で尋ねてきた。

 私は、周りを見渡してみたが、何故、ベットで寝ているのかわからなかったので首を横に振った。

 白衣の男性は、続けて言った。

「ここは、病院です。あなたは、旦那さんから暴力を受けて意識不明になっていました」

「あの…どのくらい意識不明だったんでしょうか?」

「約1年です」

「娘は、どこですか?」

「ひとり暮らしだったと聞いています」

「え?」


 すると突然、大きな声で入ってくる女性の姿が見えた。ウチの母だ。

「良かったね!もう起きないんじゃないかと思ったよ」とニコニコしながら泣いていた。それを見ていたお医者さんと看護師さんは「また来ます」と部屋を後にした。


 母親の後ろをふと見たら、あずきがいるのが見えた。

「あずき?」


「あずきちゃんは、もう亡くなったでしょ。お花を持ってきたから花瓶にお水を入れてくるね」と部屋を出ていった。


 すると、あずきが話しかけてきた。

(母、もう全部思い出したでしょ?私、4つの時に死んじゃったんだよ。)

(でも、成長してるじゃない…)

(時が経ったから成長くらいするよ)と照れくさそうに笑ってる。

(私が死んじゃってから16年経ったんだよ。父は、見えない私と母が会話をしているのをいつも気味が悪がってたの。母に暴力を振るう事で自分を保っていたみたいなんだけど、ある日を境に父は悪魔に心を売ってしまったみたい。父は、もう人間じゃないよ。だから、気をつけて。父の中の悪魔から逃げて!)

(離婚はしたの?)

(離婚をした後に、父がお金をむしりに来て、そこで母は殴られて意識不明に…。助けてあげられなくてごめんね。でも、生命を繋ぐ事だけはできたから)と満面の笑みを浮かべていた。そしてあずきの横に、亡くなった祖父と小さな女の子と20代くらいの女性が立っていた。

(みんなで助けてくれたんだ。ありがとう、おじいちゃん。あなたは、流産した時の子だね。えっと…あなたは?)

 すると20代くらいの女性が話し始めた。

(会って欲しい人がいるんです。だから、あなたに死なれては困るんですよ)と。それでピンときて、瞬間移動した時に聞こえた女性の声の主だとわかった。その女性の顔を見て、何処かであったことがあるようなないような…。でも思い出せない。

 すると女の子が(はは…?)と話しかけて来た。あずきが2歳の時に流産してしまった子だと何故か確信があった。でも、あずきは成長してるのに、この子は4歳くらいで成長が止まっているようだった。

(ありがとうね)と言うとニコニコしながらあずきの後ろに隠れてしまった。

(母、生きてね。幸せになって…)とあずきが言うと、みんな見えなくなってしまった。

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