第27話 もう一つの物語

 トントン…

「失礼します。社長、午後からは取引先との打合せが3件入ってます。今のうちに昼食を取っておいてくださいね」

「わかった…」と上の空で返事をしているのがわかった。

「社長!」


 すると男は手を止めて顔を上げた。


「社長、少しは休んでください。それでは体を壊しますよ」

「ああ、ありがとう。でも慣れてるから大丈夫だよ。それに、仕事をしている方が落ち着くんだよ」と頭を掻きながら少し微笑んで見せた。

「では、これから私もランチにしますので、今日は私に付き合って頂けますか?」

「キミは、いつも強引だね。僕に構う時間があるなら素敵な人とランチでもしてきたらどうなんだ?」

「素敵な人なんていません。私も社長と同じで仕事をしている方が落ち着くんです」

「なるほど…仕方ない、昼メシにするかな」

「それでは、良いところを知ってるんです。行ってみませんか?」

「なら任せるよ」


 ***


「ここのキッチンカー、とても人気なんですよ。チキン南蛮がオススメですよ」

「じゃ、それで」


「あそこのテーブルで食べましょう!」


 この辺はキッチンカーが多く、天気の良い日はたくさんのテーブルが用意されている。2人は道路沿いのテーブルについた。


「外で食べるのは気持ちが良い…」

「ですよねー」

「家族連れも多いんだな」

「はい。近くにショッピングセンターがあるからだと思いますよ。そう言えば、社長は結婚しないんですか?お見合いの写真もたくさん来ているみたいなのに…」

「あぁ…お見合いをした頃もあったんだけどな。今は全部断っているんだ」

「どうしてですか?」

「知りたいか?」と少し困った顔した。

「話しづらいようでしたら…」と言いかけたが、そのまま社長は話を続けた。


「キミは、不思議な現象を信じるかい?」

「うーん、怖い話は信じないですけど、良い話は信じたいですね」


「5年くらい前の話なんだ。とても辛いことがあってね。僕は、精神的に追い詰められていたんだろうね。夢の中で海に飛び込んだんだ。でもね、海に飛び込んだはずだったんだけど、温泉のように温かくて気持ちが良かったんだ。体は動かなくて、どんどん沈んでいくから、このまま死ぬんだろうなって考えていたんだよね。その時に、遠くの方で女性の声が聞こえたんだ」

「なんて?」

「約束、覚えてる?もう少しだけ待っててねって」

「え?どんな約束なんですか?」

「わからないんだ。そう言って、沈んでいく僕の背中を押してくれたんだ。その時、生きなきゃと思って目が覚めた。目が覚める直前に、彼女が僕の意識に一瞬入って来た気がしたんだ。そして、僕はその人に恋をしてしまった。可笑しいだろ?実在するかどうかもわからない相手にだよ。でもね、起きた時に背中を押された感覚が残っていたんだ。何だか懐かしいような愛おしいような感情を覚えた。僕はね、彼女がいるような気がしてるんだ。だから、彼女の言うとおり待つことにしたんだよ。だからお見合いも断っている。変だろ?笑ってくれ…」と頭をボリボリ書きながら恥ずかしそうにしている。

「…何か素敵ですね。きっとその人、社長に会いにきますよ。あっ!私、飲み物買って来ますね!待ってて下さい!」


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