第9話 音の正体2
ガチャっと玄関のドアが開く音がした。パパが帰ってきた。いつも通り「お帰り!」と声を掛ける。「ご飯できてるよ…」とパパの顔を見てギョッとした。キナコの言う通り、パパであってパパじゃない。顔つきが別人のようになっている。見えている訳ではないが黒いオーラを纏っているような感じだ。いつも優しそうにニコニコしていた笑顔はなく、氷のような無表情な顔をしている。目は吊り上がっていて、まるで憎しみを露わにしているようにも見えて恐怖すら感じる。無言でゆっくりと歩く姿からは冷たさしか伝わってこない。まるで私達のことなんて目に入ってないみたいだ。戸惑っている私をよそに、パパは一度も声を発する事なく自分の部屋に入って行った。
どうしよう…。パパに何かが憑いているのかもしれない。しかし、除霊は体に触れていないと出来ない。このままでは、近寄ることすら難しい。何とかしなくては…。対処法を探そうとした時だった。
リビングでゲームをしていたあずきが「ねー、パパ、何か変じゃなかった?」と聞いてきた。あずきに昼間の出来事を話すかどうか迷ったが、出来れば危険な事には巻込みたくなかったので言葉を濁した。そして、あずきに話をするのは、パパの除霊が失敗した時にしようと心に決めた。その場しのぎだったが、あずきには「そう?疲れてるんじやない?仕事も忙しそうだし」といつもの会話のように答えた。幸いにもあずきはゲームに夢中になっていて、こちらの返答を素直に受け入れてくれたようだった。
さて、パパの方はどうしたものか。自然な形で様子を確認できれば良いのだが…。少し考えて、夕飯を部屋にもって行くことにした。トレーに夕飯を乗せ、いつもの階段をいつものように上って行く。毎日上り下りしているはずの階段なのに足が重く空気も冷たい。緊張でトレーを持つ手が震えてきている。一段一段、足の感覚を確かめるように上って行くが、恐怖で足の力が抜けていきそうだ。
やっと部屋の前に着いた時だった。トレーに乗せてある味噌汁の湯気が大きく左右に揺れ始めた。当然、風は吹いていない。恐怖で逃げ出したい気持ちをグッと抑え、ドアをノックする。返事はない。恐るおそるドアを開けると、部屋の電気は点いておらず真っ暗だ。気持ち悪さを感じながら、寝てしまったのかな?と思った次の瞬間、聞いたことのない野太い声とパパの声が重なったように聞こえた。
「入るな!出ていけ!」
その声は、パパが話しているというより野太い声の主が話しているように聞こえる。そして、恐怖で体がビクッと動いて、思わずトレーを落としそうになったが何とか持ち堪えた。そして、恐怖を押し殺して平静を装った。
「パパ、夕飯を持ってきたよ」
「いらない」
「なら、机の上に置いておくから食べてね」
「……」
「電気くらい点けたら?」とスイッチに手を伸ばしたが「点けるな!」と、もの凄い剣幕で怒鳴られた。恐怖で意識が飛びそうだ。
しかし、このまま部屋を出る訳にはいかない。なんとか話を続けなくては…と焦った。少しの沈黙の後、除霊の態勢を作りたくて「疲れてるなら肩でも揉もうか?」と優しく声をかけてみた。しかし「いいから出ていけ!」と一喝されてしまった。これ以上は無理だと感じ仕方なく部屋を後にした。
リビングに戻った私は安堵感と共に、なんとも言い難い疲労感と睡魔に襲われた。あの野太い声は誰だったんだろうと考えながらソファーに座って、あずきが何か言っているのが聞こえるが、徐々にその声が遠ざかっていく。
夢を見ているのだろうか?白い光の中で、あの野太い声だけが聞こえる。
『お前は、俺に勝てない。コイツの体は居心地がいい。
『勝手なことを言わないで!あなたは誰?早く成仏しなさいよ!』
『……』
『何とか言いなさいよ!逃げるな!』
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