第8話 音の正体1

 ドンドンッ!ドンドンドンッ!


 そういえば、ずっと気が付かないふりをしていたあの音はなんだろう。今日も1階のリビングにいると2階のパパの部屋から『ドンドン』という音が聞こえる。振り返って考えてみると、昼間に私が一人で過ごしている時に聞こえる事が多かったかもしれない。いつもは、キナコがパパの部屋で遊んでいるのかな?と思って確かめに行くことはしなかった。しかし、今、キナコは私の膝の上で丸くなって寝ているのだ。


 キナコではない…。


 緊張が走る。心臓の音が耳鳴りのように聞こえる。


 ドンッ!ドンドンドンッ!


 何かいる…。


 それと同時に、トントントントンと階段を駆け足で上って行く音もする。


 泥棒!?…いや、霊か!?緊張と恐怖が押し寄せてくる。

 生唾をゴクリと飲んで、恐怖心よりも確かめに行かなくてはという思いに駆られた。


 リビングから廊下に出るドアからそうっと顔を出して、廊下に『何も』居ない事を確認する。階段を駆け上がる音はしない。今のうちに玄関へ行き武器になるものを探して傘をバットの構えのように握りしめた。その手は、汗ばみ、小刻みに震えている。そして、息を殺し、足音を立てずにゆっくりと階段を上っていく。


 パパの部屋の前に立つと音がパッと消えた。緊張は最高潮に達している。左手で傘を握り、右手でドアノブをゆっくりと回しドアを開けた。


 …いつもの部屋だった。


 誰も居ない静かな部屋だった。

 窓のカギも閉まっている。

 なぜかカーテンも閉まっている。

 暗いからだろうか、空気がやけに冷たい。


 ほっとしかけたその瞬間だった。急に、背後で気配を感じた!ギョッとして振り向いたが、何もなく廊下と階段があるだけだった。恐怖で心臓がバクバク音を立てて緊張感が更に高まる。次の瞬間、右肩の辺りに、冷たくて重い気配を感じる。視界の隅に黒くて丸い物が見えている。『それ』は髪の毛のように見え、鋭い視線を感じる。本能が見てはいけないと言っている。


『逃げなきゃ!』


直感的に体が動いた。急いで部屋を出て階段を駆け下りた。階段がこんなに長いと感じたことはなかった。駆け降りる間も『それ』はそこにずっと有った。


 リビングに駆け込むと世界が180度変わった。温かな空気が体を包み込み、『あれ』が剥がれる感覚とともに、キナコの優しい鳴き声で我に返った。しかし、心臓はまだバクバクしている。恐るおそる右肩を見たが、『あれ』は、もうない。


 すると、トントントントンと、また階段を上っていく音がした。パパの部屋から聞こえる音は止まった。


「ニャ~」とキナコが足元に擦り寄ってきた。まるで『大丈夫?』と声を掛けてくれたようで緊張が解けた。全身の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。キナコが膝の上に乗ってきたので思わず抱きしめた。今が、大丈夫だと確認したかった。キナコのふわふわした毛と心地よい猫の匂い、そして体温が優しく伝わってくる。キナコは、喉を鳴らし私の腕の中でリラックスしている。ゴロゴロという音と振動が私の胸の奥に響き渡り気持ちが落ち着いていく。それを察したのか「ニャ~」と鳴いて、腕の中から飛び出して行った。キナコは、1メートルくらい歩いてから振り向いた。そして「ニャ~!ニャ~!」と2回鳴いたと同時に頭の中に言葉が入ってきた。


『この部屋は結界が張ってあるから安全だよ。でも、パパはパパじゃない。気をつけて!』


「え!?キナコ!家には何がいるの?」


 私は、混乱しながらも咄嗟にキナコに話し掛けていた。


『……は……悪……巣……っている』


 しかし、答えを聞き取ることは出来なかった。その後も何回か試してみたが、キナコと話をすることはできなかった。


 リビングに結界が張ってあると知って少し安心した。

キナコは…何者なんだ?守り神?猫が結界を張れるのだろうか?疑問が次々に浮かんでくる。しかし、確かめる術がない。この状況を受け入れるしかないのだ。

 でも、パパがパパじゃないってどういう事だろう。そう言えば、最近、自分の部屋に籠もっていることが多いような気がする。ご飯も家では食べていない。家族との会話も少なくなってきている。疲れているだけだと思っていたが…。


 …今晩、確かめよう…。

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