第5話 初挑戦!

『オモシロ伝説』事件から数週間経ち、霊や怪奇現象の事をあまり考えなくなったある日の夕方である。

「母…ここ3日間くらいさ…」とあずきが沈んだ顔をして話しかけてきた。「どうしたの?何かあったの?」と聞き返した。少しの沈黙の後、意を決したようにあずきがこう続けた。


「学校に行く途中のコンビニとマンションの間にスーツを着たおじさんが立ってるんだよ。その間がすっごく狭くて…」


 私は、変質者の話なのかと思い、真剣にあずきの話に耳を傾けていた。


「狭くて…人が入れるような所じゃないんだよ。でもそこに立ってて毎日目が合うんだ。どうしよう…怖い。たぶん幽霊…。私、取り憑かれちゃったのかな!?」

「何か話とかしたの?」

「怖くて話したことないよ!」

「ハハもどうしたら良いかわからないよ…。とにかく、心の中で『私には何も出来ないので他を当たってください』って念じてみたら?」

「それで取り憑かれたりしないかな?」

「わからない。でも何もできないってわかったら居なくならないかな?あと、もう顔を見ない方が良いと思うよ。見えてないと思わせた方が…」

「もう遅いかも…」

 私は、落ち込んでいるあずきを見ながら、しばらく考えて結論を出した。


「とにかく、明日は見ないで素通りしなさい。下手に何か通じてしまってもいけないし…何もしないでおこう」

「わかった。そうする」とあずきは少し震えながら頷いた。


 次の日、あずきが学校から帰って来た。

「母、今日は居なかった。どこかに行ったんだね」

「そうなんだ。何事もなくて良かった」

 そう2人で胸をなで下ろした。

 安心したあずきはいつもの様に「宿題してくる」と言って2階の自分の部屋に入って行った。


 それから数分後、スマホが鳴った。着信音がやけに騒がしく感じる。画面を見ると『あずき』からの着信だった。出るとあずきの泣き声が聞こえた。


「あずき?泣いてるの?」

「母…何も悲しくないのに勝手に涙が出るの。すぐに部屋に来て…」

「わかった」と答えて、すぐにあずきの部屋に行く。部屋に入ると宿題をしながら号泣しているあずきの姿が見えた。


「どうしたの?」

「わからない。宿題してたら急に涙が溢れてきて止まらないの…。悲しいことは何もないんだよ。でも止まらないの!助けて!母!」とあずきはパニックになっている。


「あずき、まずは落ち着こう。泣いたままでいいから、ゆっくり深呼吸しようか…」

 あずきは、ゆっくりと吸って、吐いてを数回繰り返した。その間、私はあずきの背中を優しく擦ることしか出来なかった。深呼吸を重ねるとともに涙も止まってきているように見える。時間にして1、2分だっただろうか。あずきのゆっくりとした呼吸音しか聞こえない時間がやけに長く感じた。そして、先に口を開いたのはあずきだった。


「もしかしたら取り憑かれてるのかもしれない。こんなの変!」

「いったんファブリーズしてみよう!」と誤魔化し半分であずきの部屋中に撒いてみる。

「どう?楽になった?」

「ダメみたい。涙が止まらない…。テレビとかでやってるような除霊はできないの?」

「除霊!?いくらなんでも、ちょっと霊感があるくらいでは無理なんじゃ…。素人がやって何かあったらどうするの!?それに取り憑かれているかどうかもわからないのに…」

「何もないのに涙が出るとか変だよ。きっとあのおじさんかもしれない。今日居なかったのは、既に取り憑いていたからなんじゃ…。除霊やってよ!やってみないとわからないじゃん!出来てなかったらきっと変化なしだよ。ダメもとで良いから…お願い!」


 切羽詰まった様子で懇願され、戸惑いながらも私は除霊をしてみることにした。しかし、やった事がないので、どうして良いかわからない。頭の中でアニメやテレビ番組の除霊シーンがぐるぐると駆け巡っていた。


 瞬間的に…なのか、直感的に…なのか、自然と体が動いた。あずきにベッドに移動してもらい、私も横に座った。あずきには、目を閉じてゆっくりと呼吸をしててもらい。私は、あずきの背中に右手を置き、目を閉じて強く念じた。


『この子も私も何もできません。お願いですからこの子から出て行って下さい。何も出来なくてごめんなさい』


 すると、右手が熱くなってきて、体中のエネルギーが右手に集まってくるような感覚に襲われた。びっくりして目を開けかけたが、ちゃんと集中しないといけない気がして、目をギュッと瞑って何度も何度も念じたのだ。すると、気がついたら右手の熱が冷めていた。終ったような気がして、ゆっくりと目を開けた。その景色はなんの変化もなく、ただあずきの背中だけが見えた。深く行きを吐いてから声をかけた。ちゃんと霊感があったら、どんな霊だったのか?霊が成仏したのか?などわかるのだろうが、そこまでの力はないのだ。自分が何が出来たのかさえ掴めないでいる。しかし、あずきに心配はかけたくない。ここは、嘘でも何でも出来た事で押し切ろう。


「あずき、終わったよ。ゆっくり目を開けてみて…。どう?何か変わった?」

「………何かスッキリしたかも!?涙も出ない…」

「あずきがスッキリしたなら良かったよ」

「なんだったんだろう…」

「ハハは、除霊を習得したかも!?」

「うん。でも通学路のおじさんだったのかな?」

「あずき、ダメ!考えて戻ってきちゃったらどうするの?忘れなさい!」

「!?…わかった」


 すると突然、ゴトン!ガタン!と大きな音がした。


「パパの部屋から聞こえなかった!?母、見てきてよ」

「え!?ハハも怖いんですけど…。キナコがパパの部屋に入ったのかもよ。きっと大丈夫!見てくるよ」


 内心ドキドキしながら、ゆっくりとパパの部屋のドアを開けてみた。空気が冷たく静寂に包まれていた。もちろんキナコも居ない。こんな時、はっきり見えた方が良いのか、それとも見えない方が良いのか、どちらが良かったのかはわからないが、私には何も見えなかった。

『居ない、居ない。何も居ない』と言い聞かせた。


意を決して、パパの部屋のドアを勢いよく開けた。しかしというか、やっぱりというか、何もいない。静寂と冷たい空気だけが頬を伝ってくるだけだった。


「あずき、何も居なかったよ。パパは全く霊感がないし、全部の部屋に盛り塩だけして様子をみよう」

「わかった」


 あずきも何かを察したのかそれ以上は聞いてこなかった。ゲームみたいに『除霊を習得』したみたいだか、私は一体何者になってしまうのだろうか?しかも望んでいないのに何かに導かれているような気がする。それもレールの上を迷わずしっかり進む…というものではない。何処なのかわからない川に桶を1つ浮かべて、それに乗せられて、どんぶらこどんぶらこと運ばれているような感じだ。レールなら夢に辿り着けるのかもしれないが、川となると三途の川を渡ってあの世にたどり着くのではないかと最悪の想像をしてしまうのだ。こんな事は誰にも言えない、いや、言ってはいけない気がする。

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