第36話 あなたと見る桜色の空

今日の銀座六丁目はいつもより人が多いな。


金曜日だからか?と思ったが、ENDLESS RAINのあるビルの周囲には花屋や、料理を運ぶ車や人が忙しく行き来していて俺は首をひねった。


店の表、エントランスに出てさらに驚いた。


店の前には色とりどりの大輪の薔薇のスタンドが並び、豪華な胡蝶蘭、香り高いカサブランカが数え切れないほど飾られている。


花に添えられたカードには超一流企業、有名料亭やハイブランド、芸能人の名前がズラリ。

店の正面入口から向かいの通りまで、溢れんばかり。

豪華な花々で埋もれていた。


「あの・・・黒木さん、今日は何かあるんですか?」


香月は思わず後ろをついてきた黒木を振り返った。


「おや香月さんはご存じなかったんですね」


「はい?」


「今日はENDLESS RAIN 7周年記念の日です。沙羅ママが店を継いでオープンさせた日です」


「えっ!!それってお店にとって大事な日じゃないですか」


「それはもう。狭い業界ですし沙羅ママの為に銀座はもちろん赤坂や六本木などの一流店の経営者も来店されます。

もちろん今夜はママの熱烈な信奉者やファンの方が大勢来店されます。

けれど・・・」


「?」


「沙羅ママは、始まりのこの日に迎える最初のお客様は香月さんがいいと」


「俺・・・え・・・」


狼狽える俺に黒木さんは頷きながら、


「昨日から香月さんと出掛けると伺ってから、ママは一昨日までしゃかりきに働いて今日の準備をされていましたよ。

休暇の間は仕事のことを一切忘れる。

でもお客様には十二分に楽しんでもらってお礼をしたいとおっしゃって」


黒木が満足そうに笑う。


きっと沙羅は最高の一夜の準備が出来たのだろう。

香月はここに一番に招待してくれた沙羅の気持ちが嬉しくて。

自信をもって店をまわし、顧客をもてなす沙羅が誇らしくて、愛しくて、感動で胸がいっぱいになった。


「どうやら準備ができたようですよ、香月さん、どうぞ」


「え?どうぞって ───」


黒木の手の向けた方へ振り向くと、ENDLESS RAINの正面扉が内側から静かに開いた。


扉の奥から通りまで深紅のカーペットが敷かれ、華麗なキャストと黒服が並ぶその中心にあの人が。

沙羅が香月へ深く微笑んだ。


身に纏うシャンパンゴールドのシルクのロングドレスは、長いレースのトレーンを引いていてまるでウエディングドレスのよう。

艶やかな黒髪は優雅な夜会巻きにアップされて、うなじから肩、背中までの曲線があらわで美しい。


そして、何よりも香月を驚かせたのは。


銀座随一とうたわれる人の右手に握られていたのは昨夜自分が贈った白い薔薇とブルースターのミニブーケ。

左手薬指にはプラチナのリング。


俺の花嫁だ ───


沙羅は呆然とする香月に歩み寄り、ブーケを持ったままふわりと香月を抱きしめて囁く。


「愛しています、陽司さん。

私は始まりのこの日から未来永劫あなたと生きていくと誓います。

今日のこの空の色を一生忘れない ───」


とろりと甘い夕日が混ざりはじめた初夏の空は、今まで見たことのない神秘的な桜色にみえた。

まるで満開の桜吹雪が空を覆うように。


誰とともなく湧き上がった拍手は大きな渦になって二人を包む。

思わず香月は沙羅を横抱きに抱き上げ、その場で一回転して抱きしめた。

長いレースはウエディングドレス。

紅い絨毯はヴァージンロード。

花々と仲間のあたたかい祝福に包まれて、唯一の人を得た二人。


愛しているよ、愛しているよ。

25年前から、ただあなただけを。

25年、50年、いや100年先も、沙羅だけを。



桜の樹の下で あなたと見る空の色

end



最後までご高覧いただき、ありがとうございました。


香鳥

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桜の樹の下で =あなたと見る空の色= 香鳥 @katomin

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