第21話 あなたとディナー
二人にリザーブされていたのは夜景が眼下に見渡せる窓に最も近い席。
洗練されたウエイターの所作に臆することなくサービスを受ける沙羅。
椅子を引くタイミングから腰掛ける一連の動作が貴族のように美しく、周囲の客が思わず食事の手を止めてしまうほどだ。
「沙羅さんアペリティフは?」
「軽く・・」
「彼女と俺にキールを、あと、あれをお願いします」
ウエイターは恭しく下がってゆく。
あれってなにかしら・・・沙羅が小首をかしげると香月はにっこり笑って、
「ほら、みて沙羅さん。ちょうど昼と夜の境界線にいると思わない?」
沙羅が窓の外を見やると、ほんのり青みがかった晴れの残り空に夕陽はほとんど落ちて、遥か彼方だけを赤く染めている。
「本当に・・・夕焼けの上に青空が重なっていてその上は星が小さく光っている。今日一日を詰め込んだみたいな空の色。私この空の色が大好きなの」
「ね、今日は楽しかった?」
「はい、とても!楽しくてあっという間だったわ。朝から晩まで陽司くんのプランは本当に素敵。ありがとう」
「どういたしまして、俺も嬉しいよ・・・あ、あぁ、ありがとう」
キールがテーブルに置かれ、ウエイターが掲げた銀の盆にのっているのは白いバラとブルースターでまとめられた小さなブーケ。
香月は沙羅の手を取り、恥ずかしそうにブーケを渡す。
「小さい花だけれど、今日俺と一緒に過ごしてくれたお礼だよ」
「・・・あ、りがとう、ありがとう陽司くん」
「沙羅さんが店でプレゼントされる豪華な花とは比較にならないけれどさ」
「どんな、どんな大きなお花より、陽司くんからのブーケが私一番嬉しい。お花をもらうのがこんなに幸せだなんて知らなかった・・・」
涙ぐみそうになる沙羅に、おどけるように照れ隠しに笑って、
「はい、じゃ乾杯しよう!」
キールのグラスを持つ。
見守っていたウエイターが写真撮影を申し出て来た。
沙羅はブーケを、二人はグラスを手に夜景をバックに写真におさまった。
「あぁ、緊張したー。よし食べよう」
「陽司くんおなかペコペコでしょう」
「急に減ってきたよ。沙羅さんは?」
「はい、いただきます」
冷製のサーモンに、チキン、ビーフのグリルとスープ、デザートとコーヒーとプチフルールのコースをゆっくり1時間半かけて楽しんだ。
沙羅と香月。ゆっくり周りを気にせずに食事をするのも初めて。
お互いまだ知らないことも多い二人だったけれど、香月の誕生日が先月の6月だと知った沙羅はかわいそうなほど肩を落としていた。
慌てて宥めて、沙羅の1月の誕生日には二人のお祝いをしようと約束した。
香月はツーリングが趣味で大型バイクを所有しているが、沙羅と恋人同士になってからバイクから車への乗り換えを考えていた。
バイクは交通事故の可能性も高くて、雨の日は乗れない。
沙羅との二人乗りでは遠出は難しく、沙羅の身体の負担も大きい。
「陽司くん唯一の趣味のバイクなのに」
沙羅は残念そうだ。
「唯一って・・・。俺の一番の趣味は沙羅さんだよ。でもバイクだと荷物も積めないし二人乗りはやっぱり危ないからね」
「陽司くん車を買うの?」
「バイクと交代になるかな。バイクも売れば頭金にはなるだろうし。でもローンは組みたくないからもう少し先かな」
「バイクには大切な思い出があるのに・・・。残念、陽司くんのライダーススーツ姿かっこよくて好きなの」
「へへ・・・♡」
「車は・・・陽司くんさえ良ければ私の車を使ってくれたら嬉しいのに」
沙羅はシルバーのポルシェ911カレラカブリオレを所有している。
が、ほとんど乗る機会がないらしい。
都内からほとんど出ないし、移動はタクシーばかりだからだ。
「うーん、それも何だか悪いじゃない」
「じゃぁ、陽司くんが乗りたい車を手に入れるまでの間、私のを使ってくれるのはどうかしら。全然乗ってないし古い車で悪いのだけれど」
「え、古いの?全然乗ってないの?」
「んー、7年前の車だし、今年になってからは一度も乗っていないの」
「車のためにも動かした方がいいんだけど・・・。バッテリーは大丈夫?」
「エンジンは時々かけてるの。でもあの車、音が大きいの」
最近の車はハイブリッドで静かじゃない?
駐車場から移動するだけでうるさくて恥ずかしいの、と沙羅は困った顔をする。
ポルシェをうるさくて恥ずかしいなんて言うのはこの人くらいだろうと香月は911カレラに同情して苦笑いした。
「じゃ、遠出するときとかバイクではいけないところへ遊びに行く時だけね」
「本当に?嬉しい!・・・あのね、実は私ねドライブデートに憧れていたの。だから今日はとても嬉しかったの」
ぱっと笑顔になって頬がバラ色に紅潮する。
次のドライブは二人で行き先を決めようね、沙羅さん。
次話は「香月のひとりごと」です。
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