第8話 モンタージュ
沙羅さんへの聴取が始まった。
俺は調書を取り始め、小林捜査官はボイスレコーダーのスイッチを入れた。
酒井捜査官から沙羅さんへ質問が投げられる。
「雨宮さんがその男性を見かけた時の様子を教えてください。ゆっくりで結構です」
「はい。私は午前11時の予約でしたが10時45分には待合室におりました。この方はその少し後にいらしたのでよく覚えています。
ただ待合室にいたのは私だけで、他にこの方を見たのは受付の女性と先生だけだったかと思います」
酒井捜査官はゆっくりと頷いて、
「クリニックの証言と合致します。
ただ受付の女性は恐怖でよく覚えていないといいますし、歯科医からはある程度の情報は得ているもののモンタージュとなると曖昧すぎて形になりませんでした」
酒井に促され小林が沙羅への確認を続ける。
「雨宮さんの覚えているその男性の特徴を教えてください」
香月は心配になり沙羅を斜め右からそっと見つめた。
その香月に沙羅は小さく微笑んで小林に向き直ると、
「年齢は40歳前後に見えました。
男性、身長は170センチ前後。クリニックの待合室にあった観葉植物より少しだけ低かったと思います」
「歯科医や受付担当の証言と合致します」と小林。
酒井が深く頷き、「雨宮さん、続けてください」と促す。
沙羅は軽く目を伏せて記憶の引き出しに残っている男性の特徴をあげていく。
細面、一重瞼、少し染めた痕のある茶混じりの黒髪、眉は細く短く、鼻の左側に大きめのほくろ。
首が長く細身で肌は浅黒い。手の爪の周りに汚れがかすかに残っていて節くれだっているのでデスクワークではなさそう。
紺のボタンダウンシャツにグレーのジーンズ、黒に赤いラインのスニーカー、など特徴を次々と挙げてゆく。
傍で話を聞きながら調書を取っていた香月は沙羅の卓越した記憶力に舌を巻いていた。
これが顧客5千人を記憶している銀座随一頭脳明晰と言われている人なのだ。
「・・・あと、、気になっていたのが、その方少し関西の言葉がまじっているようでした」
「歯科クリニックからその情報はありませんでした。酒井捜査官」
小林が緊張した面持ちで見やる。
酒井は沙羅の言葉を聞きながら似顔絵を作成してゆく。
途中沙羅が指をさしながら修正を加え、やがて一人の男が姿を現した。
「このモンタージュをクリニックに確認しよう。香月部長刑事、この小林とクリニックへの確認をお願いします」
突然呼ばれた香月はハッと顔を上げ、最敬礼し「承知しました」と答えた。
その瞬間、沙羅とひとときの時間を持つことは諦めざるをえなくなった、と知った。
香月は誰にも気づかれないよう、小さなため息をついた。
次話は「住む世界とは」です。
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