第9話 住む世界とは

モンタージュ作成が終わり、香月と小林は被害にあったクリニックへ確認に向かう。

警視庁の玄関では酒井が沙羅を見送っていた。


「雨が酷い。銀座まで大した距離ではないがタクシーを使いなさい。

雨宮さんも一緒にどうぞ」


「いえ、捜査のお邪魔になるでしょうし、私は遠慮させていただきますわ」


「そう言わずに。でないと私はこの二人に歩いて行けと言わなくてはなりません」


「まぁ・・・ではクリニックまでご一緒させていただきます」


酒井の配慮に香月は感謝しつつ、タクシーに乗り込むときは・・・まぁそうだよな。

俺は助手席、二人は後部座席だよな、とそっと肩を落とした。



「雨宮さんは銀座のクラブのママとお聞きしました」


小林はタクシーの後部座席に座ると右隣りの沙羅に向けて笑顔を向けた。


「はい、六丁目で小さい店をさせていただいています」


「華やかな世界なのでしょうね。私たち警察官には想像もつきませんが」


「いえ、そんなことはありません。

私共はお客様に心地よい時間を過ごしていただけるようお手伝いをしているだけです」


しかし小林は目をキラキラさせ、目の前の助手席に座る香月の右肩に両手を掛けて顔を近づけると、


「ね、もしかして香月部長刑事も銀座のクラブとか行くんですか?」


と香月の顔を覗き込む。


「行きませんよ。そんなことは小林捜査官だってわかるでしょう」


「そうですよね。やっぱり私たちと住む世界が違いますよね。警官は警官同士が一番!ですよね?」


何だ、職務中に協力者のいる前で媚びるような触れ方、喋り方は。

小林とかいう婦警、危険フラグ1を立てておかなくては。



「住む世界が違うと思ったことは一度もないのですが、皆さんにはそう思われているのでしょうか・・・」


運転手席の後部座席に座っている沙羅の小さな声に香月がハッとなる。


慌てて斜め右後ろの沙羅を振り返っても、窓の外を向いていて表情を見る事ができない。

慌てて声をかけた。


「そんなことあるわけないです。皆、同じです。違うことなんてありませ・・・」


香月が打ち消しているところへ小林が早口で被せてくる。


「えー、でも夜の銀座の仕事もそこにいる人も ですよ。だって人脈も、お金の流れ方も、価値観も異常じゃないですかー 。それに所詮は水商・・・」


「小林捜査官」


香月の声が低くなった。


「職業の選択は自由だ。誇りをもって勤めあげるすべての職業は尊重されるべきで特殊や異常などという言葉は全く適切ではない。そういう意味では我々警察官の方がよほど特殊なのではないか」


ことさら硬い口調で小林をいさめる。

見た目に柔らかく、芸能人のように華やかでイケメンな香月の口からでた思いがけない厳しい言葉に小林は返す言葉も見つからず口を噤む。


窓の外を見ていた沙羅は、はっと前に向き直った。

そして運転席のシートに向かって軽く頭を下げて目を伏せた。


沙羅の瞼が、長い睫毛が小さく震えていたのに、気づかない香月ではない。

香月は気づかれないよう左手を握りしめた。



次話は「新橋でカレーを」です。

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