第10話 新橋でカレーを

10分程でタクシーは銀座五丁目のクリニック前に到着した。

後部座席の二人を先に下ろし、香月は清算して歩道に降り立つ。


「では、私はここで失礼致します」


沙羅は何事もなかったように二人に丁寧に会釈をし、そして一度も振り返ることなく人波に紛れていった。


白い傘がゆらゆら揺れ、それがまるで泣いているようにも見えて香月は切なくて申し訳なくて。

掌に爪痕がつくほど両手を強く握りしめた。


できることなら追いかけて抱きしめて慰めたい気持ちを、今は必死に抑えることしかできなかった。


香月は歯科クリニックの院長と受付嬢に作成したばかりの似顔絵を確認してもらい、


「この人です」

「とても良く似ています」


の証言を得てそれぞれ上席への報告のためその場で解散した。


モンタージュ担当はしばらく御免だな。



銀座五丁目 午後4時35分

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「香月です」


『おう、お疲れ』


三浦一課長の直ダイヤルへ連絡を入れる。


「一課長、モンタージュ作成完了し、たった今クリニック側の目撃者の確認が取れました。これより署に戻ります」


『そうか、わかった。あー、4時半だな、香月は明日出署か?なら今日はもう帰っていいぞ』


「はい日勤で出署です。ありがとうございます!」


一課長の気が変わらないうちにスマホを切ると、すぐに発信履歴から沙羅の名前をタップする。


まだ近くにいてくれ、お願いだから声を、あなたに会いたい・・・


3回、4回コールの後でふわっと優しい声。


「─── 陽司くん?」


「いた!沙羅さん今どこ!?」


「えっ〜とね・・・・・」


「どこ!?今すぐ会いたい」


「お仕事は?」


「終わった!仕事なんて気にしなくていいから、どこ?!」


「・・・陽司くんたら、どこどこって」


「ご・・・ごめん・・・」


「ん〜、あのね、新橋のカレーハウス」


「えっ!チーズ大盛りの?」


「もうっ、今日はチーズは無しよ。でもね、聞いて」


「は?」


「何だか辛いものを食べたい気分だったから思い切って3辛にしたの。ソーセージもつけちゃった」


もう・・・・この人はどうして。

なんでこんなに強くて優しいのだろう。


あんなこと言われてきっと傷ついたはずだ、あの繊細な人は。

でも今まではそういうことを全て押し込めて生きてきた癖が残っている。

だからこんなに強くみえてしまうんだろう。


でも俺には強がる素振りじゃなくて、本音も弱いところも見せてほしい。

傷ついて悲しかったと怒ってほしい。

泣いていい、わめいてもいい、苦しいことがあれば俺にぶつけてくれたらいいんだ。


疲れ果てて空っぽになったあの人の心のタンクには俺の愛情をいっぱい注いであげるから。



香月はスマホを強く握りしめて新橋方向へ走り出した。


「今すぐ行くから!沙羅さんと同じ、大盛り3辛のソーセージ付きを注文しておいて!」


今日の私は大盛りじゃないのに~という声に、何度も何度も心の中でキスをしながら香月は走り出した。


今すぐあなたのところへ行くから、と。



次話は「前夜」です。

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