第2話 ひとつめの約束
婚約指輪は給料の3ヶ月分って昔のこと?
え?俺、気が早い?
婚約どころか告白から3ヶ月経ってるのに未だに頬っぺたにチュー止まり。
でもね、正直、限界です。
俺、超健康優良児なんです。
──・・・──・・・──・・・──・
高輪台 沙羅のマンション 午前11時50分
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ブー・・・ブー・・・
淡いクリーム色のサテンのシーツの中から黒髪がぴょこんと覗いた。
ゆるゆると伸びた白い腕の先あるスマホのバイブがベッドの上で響く。
細い指は震源を掴んでベッドに引き込んだ次の瞬間、
「あっ・・・!たいへん」
スマホ画面には赤いバイクに跨って笑う彼の顔。
慌ててベッドの上に正座してボタンをタップする。
「沙羅さん、おはよう。起こしちゃったかな」
「── すぐ出られなくてごめんね。おはようございます」
いつもより少しだけハスキーな熱っぽい声。
「もしかして寝てた?」
「── ん、寝てた、の ──」
「・・・ヤバぁィ・・・」
「でた、陽司くんのヤバいが」
「声が熱っぽいよ沙羅さん」
「風邪ひいてない、わよ?」
「・・・うっ・・・腹に ─── 響いた・・・・・」
「???」
耳元からキュキュと沙羅が
シルクのシーツか、肌を覆う薄いパジャマの衣擦れか ───
妄想する俺の体温はグイグイ上昇するが、反比例して目の前のたぬきうどんはどんどん冷えていく。
「えっと陽司くん、お仕事中よね。用があったんじゃない?」
いけね、
わ忘れてた、、
「あっ、そうだ。あのさ、来月はじめの金、土と店を休めないかな」
「えーっと、7月2日と3日ね」
「付き合って3ヶ月目記念のデートをしたいんだ。都内だから近場で悪いんだけど」
「ほんとに?嬉しい・・・少し待ってくれる?───」
沙羅が紙をめくる音がする。
スケジュールは手帳を使う派だと言っていた。
以前、1ヶ月分の日程をうっかり全消ししてからデジタルの管理は諦めたらしい。
そんな機械に弱くてアナログなところも可愛すぎ、好き。
「3日の夜はお店に出ないといけないの、どうしよう・・・」
「あ、いいよいいよ。3日の昼過ぎまで一緒にいれたら嬉しいけど」
「夕方までは大丈夫、せっかくなのにごめんなさい」
「全然OK!じゃ約束だよ。詳しくは今夜にもLINEするよ」
「はい。あの──約束、ありがとう。とても嬉しい・・・♡」
待って!ちょい待ち!
今の語尾に♡が見えたよ、俺!
録音したかったぁ〜
「沙羅さん、、それ無意識で言ってるなら最強だよ。俺、今から般若心経唱えるわ」
「── 陽司くんって時々難しいこと言うのね」
香月は下腹を押さえながら待受画面のスマホの終話ボタンをタップした。
あの美しい洗練された人は、店から一歩出ると
昼と夜で全く違う。
無自覚に魅力を切り替える沙羅に香月は何度も何度もやられてしまう。
でも初動はよし、だ。
第一関門は沙羅の予定だったから難関は突破した。思わず頬が緩む。
ニヤつく香月の目の前が暗くなった。
誰か立った?
何だよ、どいつだ。
「おーい香月、うどん干上がってるぞ」
「しまった、昼メシの途中だった」
どうりでデカいと思った。
和中は捜査二課所属の刑事で同期だ。
柔道は段持ちで身長も俺と変わらない。
和中は香月のデスクに寄りかかって片眉を上げた。
「それにしても真っ昼間からヤダねぇ、港東署イチのモテ男がスマホ見てニヤニヤしちゃってさ。気持ちワリぃったら」
「うっせ、和中のくせに」
「ふぅん。心ここに在らずだねデカ長」
「お前のせいで現実に戻ったわ」
「俺のおかげと言え。ほれ、あと20分で会議だぞ」
「だな。サンキュ」
「礼ならそのニヤニヤ顔の元凶を自白しろ。お前の奢りで」
和中はネクタイを少し緩めてニヤリと笑う。
この野郎、カッコつけやがって。
俺と同期の和中は、二年目婦警の前沢はるかと一年前から付き合っている。
去年の春先、彼女と俺は一ヶ月そこそこの付き合いで別れていた。
俺は最初から最後までいい彼氏になれなかった。
だから和中と付き合っているらしいと聞いた時は、何ていうか妹にいいボーイフレンドができたような、少しだけ寂しいような安心したような気持ちになった。
可愛い甘え系の前沢が最近では公私共しっかりしてきて、二人はいい付き合いをしているんだと俺にもわかる。
二人を見ていると和中の方がすっかり尻に敷かれて、幸せそうだ。
「なんで俺が奢るんだよ、意味わかんねぇよ」
俺は元たぬきうどんだった薄茶色の物体を胃にかき込んで和中と会議室へ向かった。
次話は「特命デカ長」です。
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