第6話 サミエラは商人になると宣言し、おっさんたちは頭を抱える
「なるほど。ちなみに預けている原資が減った場合の金利はどうなるのかしら?」
「その場合は、毎月の締め日の時点での原資残高の0.25%、年利3%の1/12が支払われることになります」
「分かったわ。それで、預けている原資が減ったら商人ランクも下がるのかしら?」
「いえ、下がることはありませんよ。そもそも、この街のあらゆる商取引に交易所は関わっていますから、原資を使ってまでやるような大規模な取引であれば直接、間接的に必ず交易所にとっても利益になりますし、そうでなかったとしても街にお金が流れれば街全体の景気向上に繋がりますから海事ギルドにとっては決して損にはなりません。……つまり、20000ペソもの大金を動かせるという事実が商人ランクに反映されたということです」
「ああ、そういうことなのね。納得したわ。それで、商人登録には他には知っておくべきことはあるのかしら?」
「ふむ。そうですね。登録料として年間で10ペソが発生しますが、サミエラお嬢様の資金からすればごくごく微々たるものですし、それこそ一月の金利から賄える程度ですのでこれはいいでしょう。あとは、商人ランクを上げる方法ですが、交易所のロビーに納品や移民輸送などの依頼が出ることがあります。そのような依頼を受けて達成することでランクは上がっていきます。商人ランクによって受けられる依頼も変わりますが……まあこれはあくまで商人として活動する場合の話ですのでお嬢様には関係ないかと」
「いえ、アタシは父が遺した船を使って貿易商人になるつもりです」
そう言い放ったサミエラに、予想はしていたがロッコとジャンが揃って顔をしかめる。
「はあ!? おいおい嬢ちゃん、そいつぁちとおすすめできねぇぜ」
「そうですよ。せっかくジョンが何不自由なく生きていけるだけの遺産を残してくれたのに、わざわざ危険を冒す必要がどこに……」
「……アタシは父の仕事をずっと手伝ってきました。一緒に商売に行ったことも何度もあります。父のような貿易商人になることがずっとアタシの夢だったんです。父もその事を知ってたから、アタシに貿易商人になるために必要な色々なことを教えてくれました。今回、遺言でスループ船と倉庫だけは残してくれたのもそういうことだと思ってます!」
蘇った記憶の中のサミエラはそういう女の子だった。海と船が大好きで船乗りに憧れていて、父の背中を一生懸命に追いかけて、貿易商人になるために真剣に勉強していた。そして父であるジョンも困った顔をしつつもサミエラの夢を応援してくれていた。
売らずに残されたスループは、商会が所有していた数隻の船の中では小さい方の船だが、軽快で足が速く操船もしやすい。サミエラ自身も何度か舵輪を握らせてもらったこともある馴染みの船だ。
「……はぁ。あー、ジョンの奴はそういう奴だったよ! スループと倉庫を残したのは確かにそういう意図もあるんだろうよ。クソッタレめ!」
ロッコが頭をがしがしとかきむしりながら苦々しく悪態を吐き、ジャンがなんとかサミエラを説得しようとする。
「確かにジョンがお嬢様の夢を応援すべく船と倉庫を残したのは事実でしょう。でも、船乗りは男にとっても危険すぎる仕事です。ましてやあなたは年頃の美しい女性です。良からぬことを企む輩も必ず出てくるはずです。それこそ海賊にでも捕まったらどんな目に遭わされるか……」
「危険があることは理解しているわ。事業に失敗したら破産することもあるかもしれないし、父と同じように難破するかもしれない。海賊に捕まったら手籠めにされて殺されたり売られたりするかもしれない。でも、アタシはそれでも、自分の船と自分の手で自分の可能性を試したいの」
「…………」
「…………」
ロッコとジャンが同時に頭を抱える。やがて、ロッコがため息混じりにジャンに呼び掛ける。
「…………おう、ジャンよ、悪いが俺の農園をしばらく見てくんねぇか? 農園そのものはうちのカミさんと使用人たちがやり方は分かってるから時々様子を見てもらう程度でかまわねぇ。このままじゃ嬢ちゃんは一人でも船出しちまいそうだ」
「……仕方ないですね。おそらくジョンもここまで見越してあなたを後見人に選んだんでしょう」
「あの野郎、今度、墓蹴りに行ってやる」
「いいですね。私もご一緒しましょう」
「え? えっと? どういうこと?」
「俺が嬢ちゃんの商売を手伝ってやるっつってんだよ。もちろんタダじゃねぇ。しっかり給料は貰うが、このロッコ・アレムケルはこのカリブじゃそれなりに名の知れた船乗りだ。俺が一緒にいれば嬢ちゃんにそうそう嘗めた真似をする奴は出ねえだろう。嬢ちゃんが本当に信頼できる仲間で周りを固めて、商人として周りからある程度認められるまでは俺が手伝ってやる。これが嬢ちゃんが貿易商人になることを認める後見人としての最低限の条件だ」
「まぁ! ロッコおじ様、ありがとう! おじ様が手伝ってくれるなら百人力よ! ……実は、どうやったらおじ様に手伝ってもらえるか考えてたの」
と、サミエラがいたずらっぽく舌を出してみせれば、ロッコがやれやれと肩を竦める。
「まったく、とんだお転婆に育ちやがって。言っとくが、一人前の船乗り、そして商人になると決めた以上、俺は女相手でも遠慮せずに厳しく鍛えるかんな。甘えたことを言いやがったら拳骨で殴り倒すぜ」
「ふふん。望むところよ。それで、アタシはおじ様にどれだけの報酬を渡せばいいのかしら?」
「そうさな。……1ヶ月150ペソってところだな」
「ロッコ!! それは!」
「ジャンは黙ってな。これは俺と嬢ちゃんの
ジャンの反応から相場よりかなり高い金額であることが分かる。しかしロッコはにやにやと笑っているだけだ。
これは試されている、とサミエラは悟った。
「バール副所長、1ヶ月150ペソの報酬を貰っているのはどういう人なのかしら?」
「そうですね。何隻もの船を所有して大規模な商売を営む大商会の番頭ぐらいですね。大商会の船長でも日当で3ペソも貰っていればかなり高給取りと言えるでしょうね」
つまり30日でも90ペソ。だが実際には安息日があったり、航海していない待機時は日当も下がるのでもっと少なくなるだろう。
「なるほど。よく分かったわ」
「さて、どうすんだい嬢ちゃん。価格交渉するかい?」
相変わらずにやにやと笑っているロッコはおそらく自分に交渉の練習をさせようと思っているのだということは容易に理解できる。
しかし、サミエラは1ヶ月150ペソという報酬がさほど高いとは感じなかった。確かに相場としては高いのだろう。だが、自分はロッコに番頭としてのみならず、様々な交渉の前面に立ってもらうことや、護衛としての役割や教師としての役割も期待している。それに、女の身である自分にとって、全面的に信頼できるロッコという存在がどれほど貴重な存在かは言うに及ばない。
それに最終目標は大商会どころか勅許会社だ。ロッコには出来れば初期サポートだけでなくそこまで支えてもらいたいと思っているので、ここは値切るよりも先行投資と考えるべきではないだろうか。
「……うーん、そうね。他の人ならともかく、ロッコおじ様なら1ヶ月150ペソでも妥当だと思うわ。だから価格交渉はしないわ。バール副所長、契約の仲介をお願いできるかしら? アタシの口座から150ペソを毎月おじ様の口座に移してほしいのだけど」
「ほう」
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