第50話 サミエラは提督と会う
ロバート・メイナード
そして、埠頭に接岸して投錨したのち、ゴールディ商会のスループ船【バンシー】との戦闘で悪名高きジョージ・ラウザが死に、その一味が壊滅したことが知らされると、大歓声が沸き起こり、【チェルシー】から生き残った海賊たちが引き出され、
とりわけ商人たちのラウザ一味への恨みは深く、このままでは生き残った海賊の捕虜たちが
これはまずいとロバートが指揮下の海兵たちを警護のために立たせ、自身は応援を呼びに要塞に走る。
やがて、警務の海兵の一団が現場に駆けつけてきて事態の収拾に当たり、殺気立つ群衆を解散させて、海賊たちを牢獄に連行していき、死体も要塞内に運んでいった。
「あいつらよっぽど恨みを買ってたのね。八つ裂きにされるんじゃないかとハラハラしたわ」
「まあ仮にそうなったところですでに海軍にやつらの身柄を引き渡した後だからこっちは知ったこっちゃねぇけどな」
【バンシー】の甲板から一部始終を見ていたサミエラとロッコが話しているところにロバートがやって来る。
「すまない、サミエラ嬢。提督がお会いしたいとのことなので一緒に来ていただけるだろうか?」
「それはアタシだけかしら? あと、アタシは今はこんな格好なんだけど、偉い人に会うのは失礼ではなくて?」
「ロッコ殿も一緒で構わない。こちらから呼びつけているのだから服装のことは気にしなくて大丈夫だし、提督もすべて分かっての上だ」
サミエラがロッコを見れば、ロッコが小さくうなずいたのでロバートに了承の旨を伝え、アボットに向き直る。
「アボット、聞いての通りよ。提督閣下にお会いしてくるからこちらは任せるわ。アニーには引き続き例の娘に寄り添うよう伝えておいて。それなりに時間がかかると思うから、今のうちに海賊船の清掃と戦利品のリストアップを進めておいてもらえるかしら?」
「イエスマム。お任せください」
それから、サミエラはロッコと共に船を降り、ロバートの案内で要塞内部に足を踏み入れる。
分厚い石造りの要塞内部はひんやりと涼しいが、構造が複雑すぎて一度ではとても道順を覚えることは出来そうになく、サミエラは早々に帰り道を覚える努力を放棄する。
いくつもの階段を上ったり下りたりしながら要塞最奥部のとりわけ立派な装飾の施されたドアの前でロバートが立ち止まり、ノッカーを叩く。
「スループ艦【チェルシー】艦長、ロバート・メイナード海尉であります。ゴールディ商会の商会長、サミエラ嬢をお連れしました」
「入りたまえ」
ドアを開けると、ちょうど正面に大きな窓があってサンファンの港湾が一望できるようになっており、折しも沈みゆく夕日の光が差し込んできていたので、サミエラは眩しさに目を細めた。
窓のそばに立ってこちらに背を向けていた老齢の男性が向き直り、きびきびとした動作で歩み寄ってくる。きっちりと着こなした軍服の両肩には金モールの肩章が輝き、将官であることを示すサッシュが右肩から左腰に斜めに掛かっており、左胸には幾つもの勲章が輝いている。そしてその顔はサミエラがよく知っている人物だった。
「え? トーマスさん?」
干し果物屋の常連客である老紳士トーマスが目じりの皺を深めて口許をほころばせる。
「いかにも。この姿で会うのは初めてですな。イングランド海軍
「え? え? メイナードって」
「そこのロバートは実は私の息子でしてな。さきほど、息子の艦とゴールディ商会の船が一緒に入港してくるのが見えたので使いを遣ったらサミエラ嬢があのラウザ一味を壊滅させたなどと、とんでもない報告をしてきおったので、これはなんとしてでも直接会って話を聞かねばと思いましてな」
「何なりとお聞きください提督閣下」
「いつものように気安く接してはくれんのですかな?」
「ご冗談を。サンファンの軍の頂点に立つ閣下にこんな小娘が気安く接するなどあってはならないことですわ」
「そう……ですな」
幾分か寂しげなトーマスにサミエラがにっこりと笑う。
「その軍服を脱がれている時の、ただの干しオレンジ好きのトーマスさんとなら今までと同じようにお付きあいできますが、公私の区別はきちんとしなければなりませんわよね?」
「ふふ……そうですな。公私の区別は大事です。雑談に興じるのはただのトーマスの時の楽しみにしましょう。では、応接室の方で話を聞かせていただけますかな?」
そして、提督の執務室に隣接する応接室に案内されたサミエラとロッコはトーマスと向かい合わせで座り、ロバートはトーマスの背後に立つ。
メイドが出してくれた紅茶に見慣れた干しオレンジが添えられていることに気付き、サミエラはクスリと微笑んだ。
干しオレンジと紅茶の組み合わせがお気に入りだというのは以前にトーマス本人が言っていたことだが、メイドになにも言わずとも当たり前のように出してくるあたりよほど気に入ってくれているのだろう。
早速とばかりにロッコが口を開く。
「……で、閣下。ほんの1週間ばかり前にゃあ嬢ちゃんには正体を知られたくないとか言ってたのに、いったいどういう心境の変化で?」
サミエラの知らぬところでそんなやり取りがあったらしい。
「私としてもあれから色々と思うところはあったのだよ。立場に関係なく気安く接することができる相手というのは私個人にとってはとても得難い存在ではあるのだが、その相手が我が軍、いや国に大きな利益をもたらすとなれば公人としても放置するわけにはいかなくてな。今日の件が無かったとしても、近々海軍提督という立場で会おうとは思っていたのだ。だから、今日こうして会えたのはちょうどよかったということになるな」
「ってこたぁ、本来の用件はラウザの一件とは別で?」
「そういうことだ。……サミエラ嬢、貴女が教えてくれた壊血病の対策──新鮮な果物を普段の食事に含める、というのをこの1週間、指揮下にあるすべての艦で実行してみたのですがな、その結果、確かな効果が実証されましたぞ。壊血病の患者たちは全員快方に向かっており、新たに症状が出る者もいなくなったのですな。いやはや、素晴らしい情報提供に感謝いたしますぞ。この情報は本国の海軍本部にも共有して、全艦隊で周知徹底したいと思っておる次第でしてな」
「お役にたてて光栄ですわ。でも、アタシのような小娘の発言を戯れ言と聞き流さずに受け入れてくださった閣下の度量の大きさが患者たちを救ったのですわ」
「ふふ。サミエラ嬢の壊血病への考察が実に説得力のあるものでしたからこそ試す価値はあると確信したのですぞ。結果として、今後は壊血病による艦隊の戦力低下はかなり改善されるでしょうな。これは実にすごいことです。サミエラ嬢は壊血病で軍がどれだけの兵を喪失しておるかご存じかな?」
「いえ。存じませんが」
「およそ3ヶ月の遠征航海で2割の兵が死ぬか行動不能になるのが普通なのです。戦いがなくてもですぞ。それを大幅に減らせて、しかもそれがイングランド海軍全体でとなれば、その益は計り知れないものとなります。それこそ大規模海戦での勝利並みの功績ですぞ。壊血病による人の入れ替えが少なくなれば兵員一人一人の熟練度も上がりますし、強制徴募の必要もなくなるので海軍そのものの士気と戦力向上にも繋がりましょう。海軍全体に波及するまでにはまだ時間はかかるでしょうが、この一件だけでもサミエラ嬢には恩賞が与えられて然るべきですな」
「そんな! 畏れ多いことです!」
「いや、本当にそれだけの価値があるのです。だからこそ私も提督という立場で会わねばならないと思ったわけでしてな。……さて、それでここからが本題なのですが、今後は入港中の艦での食事には生の果物を付けることを徹底したいと思っておるんですな。しかし問題は長期任務中の艦には生の果物は置いておけないということでして。それで、そのような艦の補給品としてゴールディ商会から干し果物を購入させてもらえないかと、そういうお話でしてな。
民衆にも人気がある商品ゆえ、軍が買い占めるわけにもいかんでしょうが、出来れば定期的にある程度まとまった量を納品してほしい。それで、今後、ゴールディ商会は生産量を増やせるのか、その為にこちらでサポートできることがあるか、そのあたりの相談をしたいと思っておったんですな」
サミエラがちらっとロッコを見れば、ロッコがサミエラに耳打ちする。
「例の計画については嬢ちゃんの判断に任すが、俺としては全部話してもいいと思うぜ。閣下は信頼できるお方だし、サンファンの益になる話ならむしろ喜んで協力してくださるはずだ」
「分かったわ」
今後の経営方針について話すのはリスクを伴うが、これでトーマスを味方につけることができるなら、これほど心強い味方はいない。
虎穴に入らずんば虎児を得ずね、とサミエラは心の中で呟き、トーマスに向き直った。
~~~
【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】
──うわぁトーマス爺さんが提督閣下ってマジかよ
──海軍のそこそこ偉い人とは思ってたけどまさかのトップかいw
──これにはサミエラもちょっと驚いてるな
──サミエラのLuk値がヤベェ
──えー! しかもロバート艦長が息子さんって海軍のサラブレッド家系やん
──軍服に斜めにたすき掛けしてるあのリボンみたいのなんだっけ?
──サッシュやな
──トーマスさんの軍服姿渋すぎ! 格好いい!
──……
Sakura「はー……思っとったより大物やったったいねぇ。サミエラさんの人脈はすごかね」
Nobuna「……姉御、それ完全に“おまいう”じゃからの」
──おまいうwww
──ほんとそれなwww
──酔って少将の禿頭ペチペチしてもおとがめなしの桜さんが通りますよ
──お前が言うなw
──陸軍総参謀長とマブダチの桜さんが通りますよ
──乃木大将も頭が上がらない桜さんが通りますよ
──東郷平八郎をパシリ扱いの桜さんが通りますよ
──これだけ見ると天晴浪高ってめっちゃヤバそうやな
──むしろサクラさんこそがラスボス的なw
──……
Sakura「えーい! せからしか! そげん話は聞きとうなか!」
Nobuna「……雉も鳴かずば撃たれまいに」
──しかしただ航海するだけで2割戦力外になるってやばない?
──しかも壊血病になると怠さと体力低下でパフォーマンス落ちるしね
──ベテランが育たんのは辛いなぁ
──強制徴募って響きからしてヤバそうなんだが
──……
Nobuna「強制徴募はプレスギャングとも呼ばれておるんじゃが、入港した港で兵士たちが船乗りを捕まえてほぼ強制的に海軍に入隊させるんじゃ。やっとることは完全に人拐いじゃな。それで一度出港してしまえばもう逃げられんというわけじゃ」
Sakura「……それえぐかぁ」
【作者コメント】
やっとトーマスさんの正体が明らかになりました。
帆船ゲームだと主人公は普通に提督や総督に会ってミッションをもらったりするのですが、リアル重視で書いてるとなかなかその状況にならないのでようやく、といったところですね。
いよいよ2章『事業拡大編』も佳境です。引き続き応援いただけると嬉しいです。
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