第51話 サミエラは提督に蒸留所をおねだりする
サミエラはトーマスに向かい、姿勢を正す。
「なるほど。いいお話をありがとうございます。商会としても是非ともお引き受けしたいと思います。……ここからはまだ計画段階なのですが、実は、干し果物をサンファンの特産品とすべく、作り方のノウハウを一般に公開する準備を進めているのです。そうなれば同業者が一気に増えると思われますので、海軍への納品分は十分に確保できるかと」
「なんと! それは軍にとってはありがたい話ではあるが、それをしてはゴールディ商会にとって損となるのではないか?」
「確かにせっかく独占できているノウハウを公開するのには大きなリスクが伴います。しかし、独占はやっかみを生みますし、秘密はいずれ暴かれるものです。ならばいっそこちらからノウハウを公開することでサンファン全体の特産品にしてしまうのが良いのではないかと考えました。それによって新たな雇用の機会が生み出され、街全体の景気が良くなり、街の発展に寄与できるのであれば、この街に生まれ育った者の一人としてとても喜ばしいことだと思うのです。
ただ、アタシも商会を預かる身として商会の利益だけは確保しなければならないので、同業者が増えたとしてもやっていけるように現在慎重に根回しを進めているところです」
サミエラの説明にトーマスが唸る。
「ううーむ。素晴らしい考え方だと思いますぞ。自分の商会の利益のみを追求するのではなく、サンファン全体の発展を考えてくれていたとは。このような商人がいったいどれほどいるやら。して、サミエラ嬢はどのようにして自身の商会の利益を確保するおつもりなのかな? ああ、言えないことは言わなくてもけっこうですが、私にも手助けできることはないかと思いましてな」
「元々考えていたのは、商会内で生産から流通までを完結させることでコストを抑えること、そして品質の高いものだけを選りすぐって販売することで商品の信用を高めて他の同業者との区別化を図ることでしたが、今回のお話を受けて、海軍に納品することで海軍御用達という肩書きをいただけるなら信用という面でも大いに優位に立てると確信いたしました」
「なるほど。確かにそれならば同業者が多く現れてもゴールディ商会の優位は揺らがないでしょうな。私自身、他に干し果物屋が参入してきたところでゴールディ商会以外で買いたいとは思わんわけで、きっと同じように考える顧客は多いと思いますぞ。それに海軍としても長期間の保存食であるので、なるべく高品質で信頼性の高い物が望ましい。その点、干し果物の先駆者であり、その品質ではすでに確かな実績を積み上げているゴールディ商会から優先的に購入することができるならそれに勝るものはないと考えますな」
「では、このような方向でお話を進めてもよろしいでしょうか?」
「勿論ですとも。……だが、この条件ではあまりにもこちらが得をしすぎているので、私としてはもう少しゴールディ商会に便宜を図りたいところですな。何か必要としているものはありますかな? 遠慮はいらないので必要なものがあるなら言ってほしいですな」
「……実は、干し果物の加工には若いラム酒が欠かせません。今は安定して安く仕入れられていますが、干し果物のノウハウを公開すれば仕入値が高騰する恐れがあります。ですからそれに先駆けてラム酒の蒸留所を商会内に持ちたいと思っています。ただ、サンファンではすぐに真似されて優位性が失われてしまうでしょうから、少し離れた場所ないしは島に蒸留所を所有できたら、と思っています。もしそのような物件に心当たりがありましたらご紹介いただけないかと」
「む、そういうことでしたら、プエルトリコ島の東20マイルほどの距離にある私が所有するクレブラ島にサトウキビ農園と蒸留所があるのですが、その経営権をそのままゴールディ商会にお譲りしても構いませんぞ」
「え? それは願ってもないお話ですがよろしいんですか?」
「……正直なところ、私はクレブラ島の蒸留所はいらんのですな。ただ、貧しい島なので仕事が無ければ島民は海賊になり、島そのものが海賊基地になってしまう恐れがあるので、管理するという目的もあって農園と蒸留所を稼働させてそこで雇っているというわけでしてな。経営そのものは赤字なのですよ。……もし、ゴールディ商会できちんと管理していただけるなら、施設のみならず島ごと譲渡しても構わないと思っておるぐらいでしてな」
「……その場合はおいくらほどでお譲りいただけるのですか?」
「ほう。島の運営にもご関心がおありですか。……それではこういう形ではどうですかな? 現在、クレブラ島の運営に毎年1000ペソほどの赤字が出ております。私としてはその赤字が無くなるだけでもありがたいので、クレブラ島とそこの施設は無償でゴールディ商会に譲渡しましょう。しかし、ゴールディ商会がクレブラ島の管理を放棄した、あるいはそう見なされる状態にした場合は罰金として5000ペソを課す。いかがですかな?」
「きちんと管理する限りは何もお支払いしなくていいと?」
「その通りです。管理の対象には現在島に暮らす100人ほどの島民たちのことも含まれます。そのあたりの条件はきちんと書面に記載しましょう。私としては不良債権が手放せてありがたく、ゴールディ商会としては独立した蒸留所とそこで働く人間を初期投資無しで手に入れることができる。お互いにメリットがあると思いますがな?」
「ええ。とてもいいお話だと思います。……アタシとしてはこのお話を進めたいけど、ロッコおじ様はどう思う?」
「いいと思うぜ。だが、提督のメイナード家から民間のゴールディ商会に所有が移ることで近隣の海賊共が調子付かないかが心配だな。閣下、哨戒は続けていただけるんで?」
「勿論だ。今も毎日スループ艦にあの海域を
「そこまでしていただけるなら言うことはありやせん」
「……そういえば、サミエラ嬢。拿捕した海賊船はいかがなさるおつもりかな?」
「そうですね。とりあえず艤装だけはピンネスからケッチに改装しておくつもりですが、今のところ動かせる人間も足りていないのでしばらく使う予定はないですね」
「ならば、動かせる人間をこちらから出向させるので、その船をクレブラ島の常駐艦にしてみるのはいかがかな? 人件費および武器弾薬や食糧などの消耗品はこちら持ち、船の維持費や修理費用はそちら持ちでどうだろう?」
「それはとても助かります」
「ロバート。今日、海賊船を回航したのは誰だ?」
「士官候補生のミスタ・キャンベルと古参水兵たちです」
「キャンベル男爵の4男坊か。士官候補生としてすでに1年は【チェルシー】に乗っているな。では、彼を
「なるほど。彼は貴族出身の割には偉ぶらないのでなんだかんだで古参水兵からも好かれてるのでうまくこなしてくれると思います。その場合【チェルシー】の士官候補生枠に空きができますが、後任に候補は?」
「それだが、サミエラ嬢の生徒である孤児院のルーカス少年が士官候補生希望とのことだからスカウトしようと思うが、サミエラ嬢はどう思われますかな?」
「ええ! それは本人もきっと喜ぶと思います。彼はやる気に溢れていてとても優秀ですから立派に任務を果たせるとアタシも確信しておりますし、ロバート艦長になら安心してお任せできますわ」
「ならば決まりですな。では、今の話し合いで決まった方向で物事を進めるとしましょう。
一つ、拿捕した海賊船の改装が終わり次第、キャンベル准尉以下数名をゴールディ商会に出向させ、クレブラ島の常駐艦としてゴールディ商会との連絡要員とすること。【チェルシー】の士官候補生として新たにルーカス少年をスカウトすること。
一つ、クレブラ島をゴールディ商会に無償譲渡し、ゴールディ商会が経営を放棄した場合のみ5000ペソの罰金を課すこと。
一つ、ゴールディ商会はサンファン駐留艦隊の御用商人として干し果物を定期的に納品すること。
詳しい条件や内容はこれから詰めるとして、主にこの三つでよろしいですかな?」
「ええ。それでお願いいたします」
「ではこの件はまた後日詳しい条件を詰めた上で正式な契約といたしましょう。ロッコ、ロバート、お前たちが今日の話し合いの証人だ」
「「イエッサー!!」」
~~~
【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】
Nobuna「わはは。これはまた思った以上の急展開じゃのぅ」
Sakura「わぁ! キャンベル君、昇進すっとやね! 嬉しかぁ! ルーカス君のヤングジェントルマンの制服姿も早く見たかよー!」
──提督に会ったら島を貰った件
──うわぁ……サミエラって今日初めて海に出たんだよね?
──うん。なんかよくわからないけどコネ大事ってことはわかった
──急がば回れってこういうことかー(;・∀・)トオイメ
──ゴールディ商会には表に出せない技術とかいっぱいあるから自由に使える島ってありがたいよね
──サクラさんステイ!
──……サクラさんってやっぱアレなん?
──おねしょた……
──|ω・`)おねしょたと聞いて
──……
Nobuna「この人事はなかなか興味深いのぅ。トーマス殿はさすが提督だけあって抜け目がないのぅ」
Sakura「まさか、ゴールディ商会にとって不利になるような条件が隠されとると?」
Nobuna「いやいや、そういうわけではないのじゃ。むしろゴールディ商会との関係を非常に重視した人事と言えるの。それだけサミエラ殿のことを買っておるということじゃ。妾たちからすればサミエラ殿に賭けるのは勝ち確じゃが、まだまだ爪を隠しとる今のサミエラ殿に早くも賭け金を
──確かに先物買いにしても決断早いな! 勝ち確だけど
──ゴールディ商会にはキャンベル君を預けて、サミエラの教え子のルーカス君を提督の息子の艦に配属だもんな
──いくら赤字とはいえ領地の割譲はすごい決断やな
──それだけサミエラとの付き合いを大事にしたいってことだよね
──渋いオジサマ提督、イケメン艦長、ワンコ系ショタ准尉……はうぅ! 尊い! 尊みが過ぎる!
──あたしは誰との恋を応援したらいいの~!
──なんか変なの涌いてるけど、これからがますます楽しみだね
──アタシたちの冒険はこれからだ!
──打ち切りエンドやめーや
──……
【作者コメント】
この時代のカリブ海の植民地の領有権はめちゃくちゃ適当で、誰かが開拓すればその島の所有権はその人のものでした。人が住んでない無人島は誰のものでもありませんでした。
大航海時代以前にはどの島にも先住民の
作中でサミエラが貰ったクレブラ島は史実ではこの時代はどの国にも属していない火山島で海賊たちの根城になっています。18世紀後半にスペインが植民地化しました。
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