第49話 サミエラは2隻目の船を手に入れる
海賊船の船倉にて海賊に囚われていた少女の手当てを続けるサミエラに甲板からロッコが声をかける。
「おぅい、嬢ちゃん! 海軍のブリッグが近づいてきてるぜー。たぶんスループ艦の【チェルシー】だ。監視所からの通報で駆けつけてくれたんだと思うがどうするー?」
「対応はおじ様に任せるわー! あ、こっちの船の海賊旗は下ろしておいてねー!」
「おーう。そっちはもうショーゴたちがやってるぜー」
「手当てが終わったらアタシもそっちに行くから、とりあえず受け入れておいてー! 【チェルシー】はこちらより喫水が深いからボートで来ると思うわー!」
「おーう。分かったー」
ロッコが離れていき、しばらくしてメガホンを使ったやり取りが途切れ途切れに聞こえてくる。そのうちに着替えを抱えたアネッタが戻ってくる。
「お待たせしました。着替えを持ってきました。この娘と……その、姫の分も」
「気が利くわねアニー。助かったわ。今ちょっと怪我の手当てをしてるからちょっと待ってね」
気を失っている少女を膝枕したまま、サミエラは手の届く範囲の上半身の怪我の手当てをしている。下半身の方はサザナミに任せてある。
打ち身などの痣には湿布を当て、刃物による裂傷には軟膏を塗り込んで包帯を巻く。幸いにして致命傷に至るような深い切り傷はないとはいえ、顔も含めた身体中に刻まれた切り傷は怪我が治っても痕は残るだろう。
少女の怪我の手当てを終え、服を着せている時にふいに外が騒がしくなり、聞き慣れない男たちの声が聞こえてくる。海軍がこちらに到着したのだろう。すでに自分自身、アネッタが持ってきてくれた服に着替え終えていたサミエラは、アネッタとサザナミによって服を着せ終わった少女を背負って立ち上がった。
「アタシたちがこのままここにいては海軍の仕事の邪魔になるわ。この娘はアタシの部屋で休ませるわよ。アニーは、アタシたちが持ち込んだ物をまとめて運んでちょうだい。ナミは、もうさすがに何もないとは思うけど一応は護衛としてすぐに動ける状態のまま周囲の警戒をお願いね」
「「イエスマム」」
サミエラたちが海賊船の甲板に上がると、やや沖合いに【チェルシー】が投錨して停船しており、【バンシー】の舷側に接舷したロングボートから完全武装の海兵たちが次々に甲板に上がってきているところだった。
少女を背負ったサミエラが海賊船から【バンシー】に移ると、自ら海兵の指揮を執っていた
「サミエラ嬢! 無事で何よりだ! パロ・セコ島の監視所から海賊船が【バンシー】を襲撃しているとの通報を受けて急いで来たのだが、まさか……襲ってきた海賊船を返り討ちにして【バンシー】の勝利ですでに決着がついているとは思いもしなかったぞ」
「メイナード艦長にはご心配おかけしてしまったわね。人数ではこちらが不利だったけど、船の性能と武装でこちらが優れていたのと、うちの乗組員たちが、女たちも含めてすでに何度も海賊との戦いを経験している猛者揃いだったこと、なにより主のご加護のおかげでなんとか勝つことができたわ。この海戦の経緯についてはまた改めてご説明したいと思っているのだけど、先にこの娘を休ませてあげてもいいかしら?」
「……む、そちらの少女は?」
「ここより西の方の漁村で二日前に海賊たちに拐われて、酷い目に遭わされていた被害者よ。応急の手当はしたけど、ひどく衰弱しているからアタシの下で療養させたいと思っているのだけど」
「……奴らの悪行の生き証人か。いいだろう。彼女がゴールディ商会の庇護下に入ることを認めよう。だが、生き残った海賊どもの取り調べの際には彼女に証言を求めることもあると思う。その時は協力してくれたまえ。……では、我々は今より現場の検分を始めさせてもらう」
少女の状況を察したロバートは痛ましそうに表情を歪めてとっさに海軍式の敬礼をし、部下の海兵たちを引き連れて海賊船に乗り込んでいった。
サミエラはそのまま【バンシー】の船長室に入り、自分の吊り寝台に少女を横たわらせ、彼女が意識を取り戻した場合に備えてアネッタをそのままそこに待機させ、自分はサザナミと共に甲板に戻った。
それからしばらくして、ロバートに呼ばれてサミエラたちが海賊船に出向けば、甲板にはさきほどの戦いで死んだ海賊たちの死体が上半身を裸に剥かれた状態で並べられていた。海賊たちの身体にはバラの花と頭蓋骨をモチーフにした共通の入れ墨があることに気づく。
「サミエラ嬢、お手柄だったな。調べた結果、こいつらはお尋ね者の賞金首ジョージ・ラウザとその一味だと判明したぞ」
「賞金首の海賊? それにしてはずいぶんと戦い方も操船もお粗末な連中だったけど? 近接武器だけでマスケット銃すら持ってなかったし」
「こいつらは悪名高い盗賊団だ。襲って捕まえた男は拷問して殺し、女は凌辱して殺すことを楽しんでいたどうしようもない奴らでな。サンファンの街と各地を結ぶ街道沿いを荒らし回っていて、つい先日も駐留軍が討伐隊が差し向けたんだが、空振りに終わって逃げられていたのだ。そのままどこかに潜伏していると思っていたが、まさか海賊として海に出ていたとはな。海での戦いに馴れていなかったのが幸いしたのだろう」
「軍が本腰を入れて討伐に来たから、慌てて適当な漁村を襲って船を奪って海に出たというところかしら? 海賊として力を付ける前に叩けてよかったということね」
「まったくだ。神出鬼没のこいつらには衛兵たちも手を焼いていたからな。ゴールディ商会には褒賞金が出るだろう。金額の方は算定せねば分からんが私からも担当の者に口添えしておこう。それと、規定により、この船と積み荷もゴールディ商会の所有となるわけだが、回航の為の人手は足りているか?」
「……あ、そういえば海賊から取り戻した物は、取り戻した人間に所有権があるんだったわね。うーん、でも回航の人手はぜんぜん足りてないわ。【バンシー】でさえ定員割れしているから。とりあえず、このままここに船を残したまま一度サンファンに戻って、人手を集めて戻ってくることになるかしら」
「ふむ。そういうことならば、こちらから回送用の人材を貸し出そう。無人の船をここに残していって海賊共に奪われでもしたら本末転倒だからな」
「まあ! メイナード艦長! それは本当に助かるわ」
「なに、本来ならば軍が対処するべきだった厄介な賞金首を倒してくれたことへのささやかな感謝だ。奴らが街道に巣くっていたせいでプエルトリコ島西部との物流にかなりの影響が出ていた。ラウザの死体を晒せば多くの商人たちが安心して再び商売できるようになるだろう。潮が満ちてきてこの船が浮かび次第サンファンに回航するということでいいか?」
「ええ。艦長のお心遣いに感謝するわ」
「承知した。生き残った海賊共の身柄を【チェルシー】に移送するついでにその辺りの手配もしておこう。それと、海賊の死体はこちらで引き取るので、デル・モロ要塞の海軍埠頭までこのまま運んでもらえるだろうか?」
「イエス・サー」
サミエラが悪戯っぽく笑って海軍式の敬礼をしてみせれば、微笑ましいものを見たようにロバートがクスリと笑って返礼する。
「なにが可笑しいのかしら?」
「ふふ。普段はむさ苦しい野郎共の敬礼ばかりを見慣れているのでな。魅力的な若い女性からの敬礼も
「あら、お上手ね」
ロバートは海兵たちに向き直り指示を出す。
「では、今より海賊共の身柄を【チェルシー】に移送する。二度に分けて行うが、私は先に戻って手配をするので海兵の半数はこちらに残れ。我々に大きな利益をもたらしたゴールディ商会にはくれぐれも失礼のないように注意せよ!」
「「「イエッサーッ!!」」」
ロバートが海兵と海賊の半数を連れてロングボートで【チェルシー】に戻っていき、しばらくして操船の応援要員である数人の水兵とそれを指揮する
丈の短い青のジャケットと黒のラウンドハットという士官候補生の制服姿の少年が元気よく甲板に上がってきて、頬を紅潮させながら敬礼する。
「メイナード艦長から船の回航の指揮を命じられた士官候補生のジョン・キャンベルでありますっ! よろしくお願いしますっ!」
「……おー、またえらく若いのがきたな」
と思わずロッコが呟く。士官候補生はだいたい10代半ばでなるものだが、海軍士官は年功序列であるので、我が子を早く出世させたい親の中には家を継げない3男以下を若くして海軍にコネで押し込むことも罷り通っている。このジョン少年もおそらくそのクチで、見た感じ10歳前後だろう。
「ようこそ。ミスタ・キャンベル。アタシがゴールディ商会の商会長でスループ船【バンシー】船長のサミエラ・ゴールディよ。前途有望な士官候補生とお知り合いになれて嬉しいわ。今日は船の回航、よろしくお願いするわね?」
サミエラがジョンに敬礼を返し、近くにいたロッコ、アボット、サザナミ、ショーゴもサミエラに倣って敬礼をする。
幼さゆえに侮られることが多く、自身も未熟さを自覚していたジョンは、若くして商会を切り盛りし、船長でもあるサミエラが自分を一人の士官候補生として敬意をもって扱い、仕事を任せてくれたことに感激する。
「はいっ! しっかりやらせてもらいますっ!」
ジョンは張り切ってさっそく動き始める。
「さあ、キャンベル分隊のみんな! 早くボートを空けてあげて! 海兵たちが海賊を【チェルシー】に運ぶのに使うからね」
「アイアイ。坊っちゃん」
中年の水兵たちがにやにや笑いながら応じる。
「海兵少尉殿! 艦長より、僕たちが乗ってきたロングボートで全員戻ってくるようにとの伝言です!」
「了解だ。ミスタ・キャンベル。君の初めての指揮船だな。頑張れよ」
「激励ありがとうございますっ! 頑張ります!」
残された海兵たちを取りまとめる若い少尉が弟に対するようにジョンの肩に手を置いて励まし、部下たちに指示を出して残りの海賊たちを引き連れてロングボートに乗り込んでいく。
この時までにはすでにかなり潮が満ちてきていたので、ほどなくして海賊船は再び浮き上がって離礁し、帆走が可能になった。ロバートは回航のために熟練水兵を寄越してくれていたようでジョン・キャンベル指揮するその船は危なげなく帆走を始める。
【バンシー】もスパンカーとステイセイルを展帆して【チェルシー】に合流し、3隻は【チェルシー】を先頭に【バンシー】、海賊船の順で単縦陣を組んで北北東に進路を取って“古き声の入江”を出て数マイル沖に進み、そこからタッキングしてサンファン港湾に進路を向け、幾分か陽が西に傾いた頃にデル・モロ要塞とパロ・セコ島の間の水道を抜けて無事にサンファンに帰港した。
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【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】
Sakura「キャンベル君、可愛かねぇ!」
Nobuna「少年が背伸びして頑張る姿はええのぅ」
──オネショタだ
──オネショタだね
──キャンベル君、おじさん水兵たちから生暖かい目で見守られてんね
──【壁】ω・`)オネショタと聞いて
──サミエラ……そういうとこだぞ
──背伸びしたい年頃の少年の頑張りを綺麗なお姉さんが認めてあげるとか、そらもう張り切るっしょw
──メイナード艦長に続いてキャンベル君まで……サミエラ魔性の女w
──これ乙女ゲーやったんか
──……
Sakura「サミエラさんの人たらしは今に始まったことじゃなかけんね」
Nobuna「男尊女卑の時代じゃからの。下手に出ると舐められるじゃろうから実力を見せつけて一目置かせるというサミエラ殿の方針は間違ってはおらんのじゃが、面倒見がいいもんで畏れさせるよりも慕われてしまうんじゃよなぁ」
──姉御!
──姐さん、ついていきやすぜっ!
──船乗りとして、戦闘指揮者としての実力を見せたことでアボット組は完全に心酔したね
──特にアニーは
──アニーにとっては身近に目指すべき目標、役割モデルがいるってのは大きいと思うよ
──サミエラみたいになるの? あの子……
──この時代のヨーロッパ列強の中ではイギリスは女王も多いから割と女性が活躍することへの忌避感は少ないよね
──……
【作者コメント】
海兵と水兵の違いについて。ざっくり説明すると海兵は戦闘要員で水兵は操船要員です。水兵は民間船における水夫と同義です。
イングランド海軍における海兵は、元々は陸軍から軍艦に派遣された部隊で保安や督戦などの役割も担っていました。それゆえ指揮系統や階級制度も海軍とは違います。海軍士官は海尉と勅任艦長という2つの階級しかなく、海尉は任官された年功序列で艦ごとに上下関係が変動しますが、海兵隊には少尉、中尉、大尉といった明確な階級があります。
元々が別の組織なので海軍士官は海兵隊への命令権は無いのですが、海兵隊が軍艦に搭乗している場合は部隊ごと艦長の指揮下に入っているので艦長の命令には従います。作中で海兵少尉と部下の海兵たちが拿捕船の回航をせず、わざわざ士官候補生のキャンベル君と水兵たちが派遣されてきた背景にはこういう理由がありました。
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