第9話 サミエラは海賊の末路を知る

 サン・ファンの街はプエルトリコ島の北東、プエルト・ヌエボ川の河口であるプエルト・ヌエボ湾の北岸にある。湾の北側に外海に通じる水道があり、狭くなった湾の出入り口に難攻不落と名高いデル・モロ要塞があって何百基もの大砲が港湾に出入りする船に睨みを効かせている。

 そのデル・モロ要塞に隣接してサン・ファンの街があるのだ。


 交易広場から隣接する港の波止場に出れば、そこには大小様々な帆船が停泊している。喫水の浅い小型から中型の船は港の桟橋に直接横付けし、喫水の深い大型船は水深のあるやや沖の方に停泊してボートやはしけによって荷物や人の積み降ろしを行っている。


 一際異彩を放っているのはデル・モロ要塞近くに停泊している駐留艦隊の軍艦だ。本国艦隊と違い、植民地の駐留艦隊には戦列を構成する主力艦である1~3等級戦列艦は存在せず、それ以下の50門級のライナー艦、40門級の重フリゲート艦、30門級の軍用コルベット艦あたりを主力としてその他の補助艦艇によって艦隊や戦隊を構成している。

 本国の主力戦列艦よりは火力では劣るとはいえ、浅い海が多く、小回りが求められるカリブ海においては50門級以下の艦の方が使い勝手がよく、戦力としても十分である。

 他国の植民地との小競り合いや戦争が始まれば軍艦旗を勇ましくはためかせながら出撃していく勇敢な駐留艦隊はサン・ファン住民の誇りだ。


「……讃えよ我らが樫の木の城壁ウッドン・ウォールを」


 桟橋に停泊する民間の船に比べればはるかに大きく勇壮な軍艦の偉容に、サミエラは思わず酔っぱらった水兵たちが好んで歌う行進曲マーチの歌詞を口ずさんでいた。


 ……と、不意に異臭が鼻をつき、サミエラは思わず顔をしかめて周囲を見回した。


「……ん? どうしたんだ嬢ちゃん」


「いや、なんか腐ったような臭いがしたから」


「ああ。アレじゃねぇか?」


 ロッコが事も無げに指差した先に、男の死体が吊り下げられていた。

 船の荷を下ろすために海に向かって伸ばされている木製大型ゴライアスクレーンから鎖で人型の金属枠ギベットが吊るされ、その中に男の腐乱死体が晒されていた。ギベットに止まったカモメが死体の肉を啄み、死体から滴る腐汁や肉片が落ちる水面にはたくさんの小魚が群れている。


「うっ……アレは?」


 サミエラが顔をしかめながら問えば、ロッコが軽く肩を竦めて答える。


「海賊への見せしめさ。名の通った海賊は捕まったら処刑されて死体はああしてギベットに入れられて骨になるまで晒されるのさ。こいつぁ悪名高いチャールズ・ハリス船長だな。海賊共への警告、そして海賊を夢見るバカ共への牽制ってわけだ」


「…………こうはなりたくないわね」


 West India Companyでは海賊としてプレイすることも可能だが、その末期がこうして腐乱死体を晒すことになるのは勘弁願いたい。プレイヤーは死ねばログアウトだが、その死体はこうしてこの世界に留まり続けるのだ。それを思うとなるべく綺麗に死んできちんと葬られる生き方をしようと気が引き締まる。


 ロッコによれば、骨になるまで晒された海賊の死体は埋葬もされずに海に棄てられるのだという。水葬ではなくただ棄てられる。故にその魂は救済されず、深海の悪霊デイヴィージョーンズの玩具として永遠に弄ばれ苦しみ続けるそうだ。


 ちょっとその様子を想像して背中にぞわりとするものを感じながら、サミエラとロッコは海賊の死体に背を向けてスループ船【バンシー】が停泊中のマリーナに向かった。


 普段使われていない船を係留・保管し、整備用のドック機能を有する港湾施設であるマリーナは総督府によって運営管理されており、管理人である下級役人と番兵が常駐している小さな砦が桟橋近くにある。

 マリーナ砦に二人が近づくと、ハルバードを持った番兵が誰何すいかする。


「所属と本日のご用件は?」


「ゴールディ商会のロッコだ。商会所有のスループの点検に来た。こちらは前商会長の娘で現船主のサミエラ嬢だ」


「身分証の提示を」


 サミエラが先程交易所にて発行してもらったばかりの海事ギルド員の身分証を番兵に提示する。


「しばし待たれよ」


 番兵が砦内に入り、管理人を連れて戻ってくる。


「ゴールディ商会様、お待たせいたしました。契約の確認はとれました。ゴールディ商会所有のスループ船は6番桟橋です。今月の桟橋使用料の支払いは済んでいますので、今月中の船の出入りに費用は掛かりません。出港されますか?」


「いや、今日は状態を調べに来ただけだから動かさねぇ。だが近々ドックには入れるかもしれねぇから覚えといてくれ」


「かしこまりました。お戻りになるまでにドックの空きを調べておきましょう。では、このまま桟橋に向かいください」


 番兵が開けてくれた通用口を通って桟橋に向かう。


「……ずいぶんと物々しいわね」


「こっちは普段使ってねぇ船を預けておくための場所だからな。船に人が乗ってねぇから海賊に盗まれたり、逆に海賊が桟橋を使って上陸してこねぇように総督府で管理してるってわけさ」


「ああ、そういうこと」


 空樽に板を渡して繋ぎ合わせた浮き桟橋を渡っていき、ついにスループ船【バンシー】にたどり着く。【バンシー】は船首を沖に向け、左舷側を桟橋に横付けする形で停泊していた。

 サミエラの記憶でその姿は知っていたものの、実際に目にすると感慨深いものがある。

 スループ船という船は船体の中央よりやや前寄りに1本のマストがあり、マスト後部に取り付けられたスパンカーと呼ばれる台形の大きな縦帆じゅうはんと、マスト上部と船首を繋いでいる支索ステイに取り付けたステイセイルと呼ばれる三角の縦帆による艤装ぎそうを特徴としたヨット型の帆船である。


 サミエラは舷側に設けられた梯子を使って船縁を乗り越えて【バンシー】に乗り込んだ。桟橋から船縁までの高さは1.5㍍ほどだったが、甲板から船縁までの高さは80㌢ぐらいだ。

 【バンシー】は船首から船尾まで甲板に段差の無い平甲板スタイルであり、舷側に片舷7門の大砲を設置できる砲門が開いているが、現在はそこに大砲の姿はない。

 船尾寄りの甲板に舵取りの為の舵輪だりんがあり、そのさらに後ろの船尾に1門の2ポンド小型ファルコネット砲が後ろ向きに設置されており、それだけが今のところこの船の唯一の武装である。


 サミエラは早速船尾のファルコネット砲に近づいて状態を調べ始めた。

 4つの小さな車輪のついた木製の台座は太いロープで船体に繋がれ、発射の際の砲の後座を抑えるようになっている。

 大砲本体は前装式で砲身の長さは約1㍍。真鍮で出来ているので鈍い金色の光沢がある。砲口には赤く染められた木製の砲口栓が取り付けられていて砲身内部が波しぶきで濡れないように守っている。

 発射機構は火打石フリントロック式であり、発射ロープを引っ張ることで火打石が火打金に叩きつけられて火花を散らし、その火花で点火用の火薬に着火する形式で、この時代としては最新モデルである。


「へぇ、小型砲とはいえ、真鍮製のフリントロック式とはずいぶんといい大砲を積んでるのね」


「……ほぅ、嬢ちゃんは大砲の良し悪しが分かるのか?」


「青銅製は安いけど重くて取り回しが悪いわ。鉄は軽くて頑丈だけど潮風で錆びるから艦砲向きじゃないわ。その点、真鍮なら青銅よりは軽くて鉄みたいに錆びないから艦砲として理想的よね。それに、火縄の直接点火式じゃなくて最新のフリントロック式だから揺れる船上での暴発の危険も少ない。……こんなところかしら?」


「ははっ! 本当に分かってるようだな。この船尾迎撃砲は海賊に追われている時の船の最後の命綱だ。船尾には大きい大砲は置けねぇからせめていい大砲を置けってのがジョンの指示だったからな。それに真鍮の色は遠くからでもよく分かる。抑止力としてもいいってわけさ」




【作者コメント】


コロンブスが西インド諸島に到達した時、天然の良港のある島を見つけサン・ファン・バウティスタ島──意味は洗礼者聖ヨハネ、と名付け、港にポート・リコ──意味は良い港、と名付けました。しかし、後代に地図の誤植で島の名前がプエルトリコ、港町の名前がサンファンとなって現代に至っています。


木造帆船の主な素材は樫の木なので、当時のイギリス人たちは軍艦隊を我らが樫の木の城壁ウッドン・ウォールと讃えて誇っていました。


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