第13話 マサムネは読み、読まれる
マサムネがディスプレイを操作して、次に交易所でのジャンとロッコとの会談シーンを映し出す。
「さてさて、そんな感じでロッコと合流したサミエラは交易所に行って、無事にジョンの遺産を引き継ぐことに成功したわけだ。そして、銀行に預けてあるお金には年利が付くということで、おそらくこれが女性アバター向けの初期資金ボーナスだね。ただ、銀行に預けさえすれば年利は誰でも付くはずだから男性アバターで始めたプレイヤーで、もし資金を銀行に預けてないならすぐに預けに行った方がいいだろうね」
──海事ギルドって面白い組織だな
──わい、男性アバターだけど銀行口座持ってない( ノД`)
──口座開設は交易所で誰でも出来るよ。海事ギルド員になるには推薦と承認がいるけど
──ジャン・バールは最初は中立だったけど途中から完全に味方になったよね?
──それな。サミエラは人タラシ
──……
「そうそう、交易所の副所長のジャン・バールだけど、本来はあくまで契約に基づいてサミエラに初期資金を渡すだけの役割のキャラクターだよね。でも、さっきも誰かコメントしてたけど、サミエラとの会話を通して彼女への認識を改めて完全に味方になってくれたっぽいよね。……つまり、確かにゲーム開始時のサポートキャラはロッコだけなんだけど、その後の展開次第でNPCとの人間関係はいくらでも変える余地はあるってことだね。
まあそもそもNPCといっても生身の身体が無いってだけで感情も自我も思考力もあるし成長もするからゲーム内ではプレイヤーと変わらないわけで。だから、ゲーム開始時までのバックグラウンドストーリーだけはインストールされたものだけど、そこから先はNPC一人一人にそれぞれが考えて決定して選び取る人生があるってことだよね」
──そこまで読むか~、さすムネ♪
──プレイヤーの存在が歴史に及ぼすバタフライ効果を検証するってそういうことか
──このゲームのNPCのAIはかなりハイスペックだね
──1サーバーのプレイヤーを最大60人までに絞って余った容量をNPCにつぎ込んだか
──NPCはプログラムで動いてるんじゃなくて自由意思で動いてるってことね
──じゃあサポートキャラも全面的に信頼できるとは限らない?
──……
「お、面白い意見が出たね。サポートキャラが自由意思で動いてるなら全面的に信頼できるとは限らない。うんうん。鋭いね。実は俺もそう思ってる。これは俺の考察なんだけど、サポートキャラとはそもそもどういう存在か? それはゲーム開始時の時点でプレイヤーへの好感度がMAXになってるってだけだと思うんだ。好感度は放っておけばいずれ下がる。だからこその
──だからこそのロッコの厚待遇か
──月150ペソの給料にロッコ焦ってたもんなw
──たぶんロッコは安月給でもサミエラに雇われてくれただろうけどそれだと長続きはしないよね
──NPCといかに仲良く出来るかが重要になりそうだな
──通常1日の給料が1ペソだから1ペソを1万クレジだとしたら月150万クレジ。そらロッコも焦るわw
──必要な投資を惜しまない態度がジャンの琴線に触れたのね
──……
「うん。ジャンのサミエラへの態度が変わったのには間違いなくロッコへの待遇が大きいだろうね。逆にロッコへの待遇が悪かったらジャンからは見下されて今後の商売に支障も出たかもしれないね」
──局所にちりばめられた運営の罠w
──成功するも失敗するも自己責任
──可能性の塊のようなゲームやな
──これだけいいスタートが出来たプレイヤーがどれだけいるか……
──いきなり商売始めるより地盤固め大事だな
──……
「地盤固めは大事だね。特に商品相場とか、需要と供給に関する情報収集は常にしておく必要があると思う。だからしばらくはサンファンに留まって情報収集に勤しむつもりだよ」
──ふふ、俺サミエラが何するつもりか分かっちゃったかも♪
──情報を制する者が戦国……じゃなかったカリブを制す!
──あ、そういうことか!!
──どこかのうつけ姫が似たようなこと言ってたね
──えーわからん! 教えてエロい人
──じゃあヒント。織田信菜の側近に
──……
「はいはいそこまで。前シリーズの天下布武からの付き合いの人たちの中には察してる人もいるみたいだけど、ネタバレはルール違反だよー。実際にサミエラがどう動くか、見てのお楽しみってことでね。
さて、交易所ではダニエル・カサグランという男との一悶着もあったね。このダニエルの父親のロドリゲス・カサグランが商会長をしているカサグラン商会はこのサンファンの大手商会の一つでね、大規模な商船団を使って大々的に商売してるんだ。
で、今回、ゴールディ商会の資産を売却するにあたって商船2隻と護衛船1隻の引き受け先になったのがカサグラン商会だったんだけど、老獪なロドリゲスは息子のダニエルをただ甘やかして船を買い与えたんじゃなくて、船の購入資金と初期の運営資金を息子に貸し付けた上で独立起業を認めたって裏事情があるんだよ」
──ロドリゲスやるやん。身内を甘やかさないのは好感度上がるわ
──あー、ダニエル氏がサミエラに近づいた主な動機はサミエラの資産狙いかー
──獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすってやつね
──美人で金持ちなサミエラを囲いたかったわけだ
──借金しての起業はストレスだもんな。ダニエルの気持ちも分からんではない。
──サミエラに莫大な借金があるとなればそら逃げるわw
──サミエラの作戦勝ち♪
──……
「まあロドリゲスパパはそこそこ甘いとは思うけどね。ゴールディ商会の船だけじゃなく、従業員と販路をそのまま買い取ったんだからよっぽどの下手をやらない限り普通に利益は出るはずだし、ダニエル自身もそう認識してるからね。まあ今後も絡まれるのが面倒だからサミエラは地雷女を演じたわけだけど」
──サミエラの最後のセリフを聞いたダニエルの情けない顔w
──まあ、ダニエルがサミエラを愛人にしたかったのは本音だとは思うよ。サミエラ可愛いし
──ポケットマネーで出せる程度の借金なら出してくれたかもね
──サミエラを手に入れるチャンスを与えられて、でもそれを自分で断った以上、ダニエルがサミエラに再びアタックするハードルは上がったよね
──ロッコにげんこつされたサミエラのどや顔かわゆす
──……
「と、ここでサミエラが懸案事項だった商会のエンブレムを、ケルトの伝説に出てきて、偉大な人物の死を嘆く女妖精の
──バンシーについてもっとkwsk
──ケルトってなんぞ?
──フィギュアヘッドって?
──……
「あ、そうか。説明不足だったね。まずケルト人ってのはケルト語を話す古いヨーロッパの氏族なんだ。ヨーロッパ大陸系のケルト人はローマの支配下におかれてその文化に吸収されて多民族と混血するうちに姿を消していったんだけど、イギリスやアイルランドには根強くその文化が残ってたんだ。サミエラはイギリスの植民地生まれだからそういう知識を継承してるってわけだね。
そしてケルトの伝説には妖精とか魔法使いとかドラゴンなんかが登場するんだけど、バンシーはフードを被った女性の姿の妖精で、偉大な人物や英雄の死を嘆き悲しむ存在として伝えられているね。
フィギュアヘッド──船首像は船の船首に飾る偶像で、一種のお守りみたいなものと思ってもらえればいいよ。船乗りってのは信心深いから、乗る船に船首像があると安心するんだ」
──詳しい説明あざす【投げ銭】
──魔法使いとかドラゴンとか妖精とか、ファンタジーの定番だけどルーツはケルトなんやぁ
──鰯の頭も信心
──自然を制御出来ない以上、神頼みになるわけね
──パパの死を嘆くバンシーをエンブレムにするあざとさ
──バンシーのエンブレムを見るたびにダニエルの心がえぐられる、と
──周囲の同情はもらえるよね
──いずれは敵対する相手の死を嘆くバンシー
──そ・れ・だ!!
──……
「はは。バレてるね。いずれは敵対する相手にとっての恐怖の象徴としてもバンシーはありだとは思ってるよ。
さて、交易広場から船を預けてるマリーナに向かう途中で処刑された海賊の死体を見たわけだけど、あれはなかなかグロかったね。臭いもキツかったし。俺たちプレイヤーは死んだら強制ログアウトだけど、運営の拘りにより死体はゲーム内に残っちゃうから、ああいう死に方はしたくないよね」
──死体が消えたら晒せないもんな
──メシ食ってて吐いた
──強烈な洗礼やったな
──海賊プレイの末路
──堅実が一番
──人に恨まれる生き方はしちゃいかんべ
──……
【作者コメント】
バンシー(BanShee)はケルト語で女妖精を意味する言葉です。Banが女でSheeが妖精を意味するそうです。ファンタジーでお馴染みのケットシーなんかは猫妖精ということですね。
本来のバンシーは近いうちに人死が出る家のそばに現れてその死を悼んで泣く存在で、特に死ぬ人間が英雄や名士だと大勢現れるとされています。……いずれ、サミエラが大艦隊を指揮するようになったらバンシー印の船が大挙して押し寄せるわけで、敵にとったら恐怖の対象になるでしょうね。
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