第12話 マサムネは千利休仕込みのお茶を堪能する

──ログアウトしました


 West India Companyからログアウトしてバーチャルマイルームに戻ったマサムネは、さっそく初日のプレイ動画をチェックし、ハイライトシーンを抜き出したダイジェスト版を編集してG.tubeにアップしてようやく一息ついた。

 待ってましたとばかりにアップされたばかりの動画の再生数のカウンターが激しく回り始める。


「主様、お疲れさまなのじゃ。少し休憩されては如何じゃろうか?」


 まっすぐに切り揃えられた前髪の着物姿の美少女がマサムネを労い、盆に載せた抹茶と煎餅せんべいをマサムネのそばにそっと置き、そのままそこに美しい仕草で正座する。


「ああ、そうだね。ありがとうノブナ。今日はサービス初日だから早くダイジェスト版を上げなきゃ皆が首を長くして待ってるから、ここまで急ぎでやってたけど、ようやくちょっと落ち着いたから一息つけるかな。……なるべく早く生配信での報告もしなきゃだけどね」


 マサムネは煎餅を手に取ってパリッとかじった。ほのかに香る炭火と焦げた醤油の匂いから、この煎餅がノブナの手作りであると気づく。続いて抹茶を一口飲んでみれば、挽きたての濃厚な茶の香りと茶葉自身の適度な苦みがほどよく空気と交ざって滑らかな口触りになったまさに絶妙な味わいで、ノブナ自らててくれたものとすぐ分かる。


「……は~美味しいなぁ。さすが千利休仕込みのお茶は違うね」


「……む、お誉めいただき光栄なのじゃが、主様もそうであろ? 妾と主様は経験を共有しておるのじゃから」


「まあね。でも、今はめっちゃ忙しいから、俺が自分で煎餅を焼いたり抹茶を点てたりする時間はなかなか取れないんだよね。だからノブナの心遣いが嬉しいんだ」


「ほほっ、それならよいのじゃ。じゃが、リスナーの皆の待ちわびる気持ちもよく分かるのぅ。妾も主様のライブ配信を他のP.AIたちと共に観ながら、サミエラ殿がこれからいかなる冒険をするのじゃろうと心が躍ったのじゃ。……南蛮の港町も帆船もええもんじゃったのぅ。妾も行きたいのぅ」


 バーチャルマイルームにおいてマサムネの身の回りの世話をしてくれるP.AIパートナー・エーアイの1人であるノブナ・オダが頬を赤らめ、目を輝かせながら感想を口にする。


「そかそか。楽しんでくれたなら嬉しいよ。特にノブナは外から・・・観るのはこれが初めてだから新鮮だっただろ?」


「そうじゃの。妾の時もこれほど大勢の皆に観られ、応援してもろうたのじゃと思うと嬉しくもあり恥ずかしくもあるのぅ」


「君は俺のプレイデータオリジナルの記憶をそのまま引き継いだ存在だからなおさらそう思うよね。我ながら若い頃はだいぶヤンチャしてたからねぇ」


「そ、それは言わない約束じゃろ。尾張のうつけ姫と呼ばれておった頃の記憶は……そう、黒歴史というやつなのじゃ」


 真っ赤になって両手で顔を覆うノブナ。


 P.AIの外見や性格はかなり自由にカスタマイズ出来るのだが、フルダイブゲームのアバターもプレイヤー本人の許諾があれば、配布された『生体素材データ』をP.AI素体にインストールすることでアバターの外見と性格を完全に再現することができる。

 ただし、規制されている部分もあり、アバターのプレイデータ──すなわち記憶そのものを引き継げるのは、プレイヤー本人のP.AIそれも1体だけに限定されている。

 このノブナ・オダは、マサムネの前シリーズ【その時、歴史を動かした! 天下布武てんかふぶ ~夢幻ゆめまぼろしごとくなり~】におけるマサムネのアバターであった織田信菜おだのぶなのゲーム開始時の外見の生体素材データと、ゲーム終了時までの30年間のプレイデータを引き継いだ、マサムネプレイヤーの分身ともいえる存在である。

 この時代のゲーマーの多くは思い入れの深い自分のアバターをこのようにしてゲーム終了後もP.AIとして側に置き、伴侶とする場合も珍しくない。


 マサムネは抹茶を飲み干して、空の器を茶托に戻した。


「さて、ノブナとのんびりしたいのは山々なんだけど、皆が待ってるからそろそろ生配信を始めなきゃね」


「うむ。では妾も邪魔にならぬようこれにて失礼させていただくのじゃ」


 ノブナが盆を持って音もなくスッと立ち上がり、茶室を出るのを待って、マサムネは居住まいを正し、ホロディスプレイを起動してG.tubeの自らのチャンネルを開き、【ON AIRオンエアー】をタップして口を開いた。


「やあみんな! ゲーム実況者のマサムネだよ! G.tubeの俺のチャンネル【その時、歴史を動かした!】にようこそ! 今日がサービス初日だったWest India Companyのプレイ初日を振り返りながら解説していくよ!」


──マサムネ君おか~

──そろそろ来ると思ってスタンバってた

──おけーりー

──あっという間の半日だった

──初回からめっちゃ楽しかった

──きた待ってた

──マサムネきた~

──……


「さてさて、今日の出来事をざっと振り返ると、まずはサポートのロッコと合流して、交易所で初期資金を受け取って、船を見に行って、家の荷物をまとめてロッコの家に移動したって感じだね」


──ざっくりまとめたなー

──あーうん、そやな

──たしかにその通りなんだけど

──ロッコ氏の奥さん可愛かったなー。マリーだっけ?

──サポート1人じゃなかったん? ジャンとマリーも普通に味方っぽかったけど

──ダニエルざまぁw

──海キレイだったねー

──バンシー号素敵だった

──海賊の死体ヤバかったなー

──……


「お、おう、みんな落ち着け! ちゃんと順を追って解説するからね。まずは交易広場でサミエラとロッコが会うシーンから」


 マサムネがディスプレイを操作して、交易広場における冒頭シーンが映し出される。


「サミエラのバックグラウンドストーリーを改めてきちんと説明させてもらうとね、ゴールディ商会の会長だったお父さんのジョンが海で遭難死したのが約1ヶ月前の話ね。そして、ジョンが自分に何かあったときの為に船乗りをすでに引退していた親友のロッコをあらかじめ後見人に指名してたから、ロッコの助けを得て商会の資産を売却して、商会に雇われていた人たちの未払い賃金とか取引先との精算を終わらせて、ゴールディ商会に進行中の案件も雇われている人もいないまっさらな状態になったのがゲーム開始時で、これからのことを話し合うためにロッコと待ち合わせているのが最初のシーンなんだ」


──ロッコさんイケオジ

──サミエラちゃんいきなり天涯孤独

──渋くて好み

──サミエラの服も可愛いよね

──交易広場の賑わいがいい感じ

──ロッコの左手のフックがステレオタイプの海賊っぽいよね

──……


「ついでだから先に解説しとくけど、ロッコの奥さんのマリー夫人は元々は年季奴隷の娼婦としてカリブに売られてきた人でね、元はわりと大きい商会のお嬢さんだったらしいね。ロッコが彼女に惚れ込んでると知ったジョンが彼女を身請けして、母親を早くに亡くしたサミエラの世話役兼教育係としてハウスメイドとして家で住み込みで働かせて、ロッコがマリーの身請け金を貯めれるまで彼女を保護していたんだ。

 そういうこともあってロッコはジョンに恩義を感じてるし、マリーもサミエラのことを妹みたいに可愛がってるんだよね。あ、ちなみに結婚後もマリーは通いのメイドとしてゴールディ家に働きに来てて、ジョンが死んでからの1ヶ月もサミエラを助けに足繁く通ってくれてたよ」


──惜しい人を亡くしたな

──サミエラパパ好い人過ぎるやろ

──パパ最大の遺産はアレムケル夫妻

──年季奴隷ってなんぞ?

──ロッコがいきなり家にサミエラを連れ帰っても大歓迎だった理由が分かったわ

──人身売買が普通にまかり通ってる

──……


「年季奴隷ってのは、ようは借金を返すまでの期間限定の奴隷だね。奴隷狩りで連れてこられた原住民奴隷は一生奴隷なんだけど、年季奴隷はあらかじめ何年間っていう契約で奴隷になってるから年季が明ければ自由になれるんだ。だから身請け金は年季明けまでの残り年数で計算されるわけだね。ただ、娼婦の場合は年季が明けても性病なんかで身体がボロボロになってることが多いから、そうなる前にジョンに身請けされたマリーはかなりラッキーだったと思うよ」


──過酷な時代だな

──カラードへの差別すごいな

──原住民は家畜扱いか

──性病はあるんやな

──そりゃマリーもジョン氏に感謝するよね

──ジョン氏はNTRしなかったんか

──……


「パパの名誉のために言っとくけど、ジョンとマリーに肉体関係はないからね。それどころかジョンはマリーにメイドとしてのお給料も払ってたから、マリーは自分で貯めたお金と恋人のロッコが貯めたお金を合わせて、予定よりだいぶ早く身請け金を準備できて自由の身になれたんだ」


──パパいい人過ぎ

──なんというマッチポンプw

──ただでマリーを自由にするのは問題になるから給料を払うことで実質値引きしたってわけか

──ロッコが自分で準備した金で嫁を自由にすることに意義がある

──そりゃ恩も感じるわ

──つくづく惜しい人を亡くしたな

──マリーもただロッコに買われたんじゃなくてロッコと協力して自由を買い取ったんだね

──……





【作者あとがき】

いつも読んでくれてありがとうございます。気に入っていただけたら応援していただけると嬉しいです。


カクヨムにて同時連載中の【船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ】https://kakuyomu.jp/works/16816700427807848148もよろしく。


気になる『生体素材データ』という単語の意味が明らかになりました。P.AIについても色々設定は考えていますがそれはまたの機会に。


【登場人物紹介・織田信菜】

日本戦国時代、尾張の国人・織田信長と正室・帰蝶姫の間に生まれた唯一の子供であり、織田家の家督を継いだ継子・信忠と同い年の異母姉。父親の若い頃そっくりのやんちゃ姫で『尾張のうつけ姫』と呼ばれるが父親からは溺愛され、またその資質を高く評価され、織田家の軍師となる。桶狭間合戦の後、信長を説得して上洛ではなく、同盟者である松平元康を支援して三河から駿河までの東国をまずは平定するよう動かし、自身は伊賀の上忍・百地三太夫、雑賀衆のまとめ役・鈴木孫一、瀬戸内海の覇者・村上武吉を説得して自陣に加わらせて織田包囲網を先んじて潰し、東国平定を終わらせた信長をあっさり上洛させて戦国の覇者に押し上げるのに貢献する。天下統一後、織田幕府の副将軍として琉球からオーストラリア、南北アメリカの西海岸を傘下に収め、日本連邦環太平洋共和圏の成立に尽力する。信長の死後は副将軍職を返納し、百地、鈴木、村上をお供に諸国を漫遊しながら世直しをしつつ余生を送る。


【天下布武 ~夢幻の如くなり~】は1人プレイ用の歴史シミュレーションゲームであり、もし信長と帰蝶の間に子供がいたらどうなっていたかというIFもしもをテーマにしたものである。男性アバターを選んだ場合は信長の後継者となるが、女性アバターを選んだ場合は異母弟の信忠を支える存在になる。プレイヤーがあえて信長ではなくその子供という斬新さと、プレイヤーの数だけ異なる物語になる自由度の高さで人気タイトルとして殿堂入りする。


多くのプレイヤーが天下統一までは成し遂げたが、マサムネのように太平洋全域を支配下に置いたプレイヤーは前例がなく、これによりゲーム実況者としてのマサムネの評価は爆上がりし、アバターである信菜の人気は不動のものとなった。

 

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