第31話 マサムネはトーマスについて考察する

 手に孤児院への差し入れである干し果物の入ったバスケットを提げ、徒歩で教会に向かうサミエラ。

 この日のサミエラは、癖のある赤髪を後ろで1つに縛って牛革の三角帽を被り、男物のシャツの腕を捲り上げて首に絹のスカーフを結び、膝下の半ズボンブリーチとタイツにバックル付きの革靴を履き、腰のベルトに護身用のカトラスを差した上級船員スタイルだ。

 ただ、男物の服装をしていてもサミエラ自身は性別を隠そうという意図は全くないので、その整った可愛い顔立ち、シャツを押し上げている双丘、腰から太ももにかけての脚線美はすれ違う男たちの目を惹き付けて止まない。

 むしろタイトな半ズボンとタイツによって本来ならスカートに隠れている脚線美がはっきり分かる今の方が男たちにとっては刺激的かもしれない。


 人通りの多い石畳の大通り。教会は街の中心にあるので、そこに向かう大通りは元より治安のいいサンファンの中でも特に安全な場所であり、道端で遊ぶ子供たちも多く、屋台も並び、人々の憩いの場所ともなっている。

 そんな中、サミエラは同じく教会に向かう老紳士トーマスと会い、同道することになる。



「彼は干し果物屋の常連客で特にオレンジが大好きなお爺さんだけど、今回ついにトーマスという名前が明らかになったね」


──通称オレン爺w

──このじいさん、マンゴーおばちゃんやサミエラ親衛隊と渡り合う猛者だぜ

──お爺さんだけど体幹がしっかりしてるよね。杖はただの紳士のたしなみで持ってるだけかな?

──んー? この人、船乗りの食生活にめっちゃ詳しいな。元船乗りか?

──しっかし、この時代の船乗りってホントにろくなもん食ってねぇな

──壊血病対策をこんなに気にしてるってことは、トーマス氏はお医者さん?

──……


「ふふ。みんなが顔を覚えちゃう程度にはよく来てくれてるよね。トーマス氏は干し果物が壊血病に効く理由を知りたがってたから説明したけど、この時代はまだビタミンの存在なんて知られてないからどうしても回りくどい説明になっちゃったね」


──いやいやいや! あれ以上の説明ないだろ!

──栄養素とかビタミンが知られていない世界ではこうやって説明すればいいのか~と納得しかなかったんだが

──さすがサミエラ先生。分かりやすい説明あざす!

──トーマス氏が思わずジーザスを讃えるほどの目から鱗な情報w

──このあたりは3代目マサムネコ時代に通った道

──あー、幕末日本で医者やってたやつか

──あれはもっと評価されるべき

──……


「はは、3代目時代に言及してるリスナーさんもいるけど、確かに『女は医者なんぞしちょらんと子を生んで家を守っちょればそれでよか!』とか『こん西洋かぶれのふうけもんが!』とか言われながら幕末から明治の日本で医者やってた頃に、相手に受け入れてもらいやすい説明の仕方は身をもって学ばされたねー。それがここで役に立つんだから何事も経験大事だよね」


──なにそれ? めっちゃ気になるんやけど3代目ってそういう話なん?

──3代目時代はけっこう長いからまだダイジェスト観てないんだよね

──確かに50年分のダイジェストは長いけど、観てないやつは人生損してるよ

──あれは涙なしには観れない名作

──幕末から日露戦争までで最期は旅順だったか~

──3代目が物語の主役じゃなかったから知名度高くないけど、ゲームタイトル【天気晴朗ナレドモ浪高シ】含めて良作だよ

──時代の流れに翻弄されながらも強く生きた一人の女の物語

──俺は断然3代目推しだわ

──……


「はいはい。話逸れちゃってるから戻すよ~。【天気晴朗ナレドモ浪高シ】のプレイ動画は過去ログにあるから気になる人はそっちからチェックしてね。さてさて、教会に到着したサミエラは裏の孤児院に用事だからトーマス氏に別れを告げるんだけど、なんかトーマス氏が孤児たちへの授業を見学したいとか言い出しちゃったから牧師さんに許可取ってねって話になるんだけど……」


──ん? この独特の敬礼もしや……

──サー!

──おや、ロイヤルなネイビーの人でしたか

──え? トーマス氏ってそうなん?

──あの身のこなしはただ者ではないと思ってたけど

──え? え? え? なんでみんな分かっちゃってる感じなの?

──安心しろ! 俺もわからん!

──……


「分かる人には分かるよねー。分からない人の為にも説明するけど、この時代の帆船のロープには防腐剤としてタールが染ませてあるから船乗りの手のひらは真っ黒に汚れるんだよ。だからイングランド海軍では、相手への敬意として、汚れた手のひらを相手に見せないように、軽く曲げた手の甲を相手に向けながら指先で自分の額もしくは帽子の鍔に触れる、この独特の敬礼をするんだよね」


──ほうほうほう! 【投げ銭】

──理由まで説明乙【投げ銭】

──なるなるっ! つまりサミエラはこの時トーマス氏が英海軍の軍人さんだと気づいたんだね!

──トーマス氏が海軍だとサミエラが気づいてる、という前提でこの先の流れを観ると納得しかないで?

──ネタバレ禁止ーっ!

──マサムネの感想戦ライヴしか観てない人間もいるからネタバレしないでね

──おけおけ

──……


「トーマス氏と一度別れて孤児院に向かったサミエラは、牧師の娘でシスター見習いのリリーに差し入れを渡してから子供たちを集めてさっそく授業を始めるわけだけど、せっかくだからトーマス氏に授業を最初から見てもらうために来年卒院の4人の将来の夢を先に雑談として訊いてみたわけだね」


──リリーちゃんきゃわわ! おっとり系ロリ巨乳とか最高すぎる

──癒されるわぁ

──4人の夢を聞いたサミエラの対応が好き。誉めて伸ばすスタンスだね

──商人志望のマークとか青田買いする気マンマンじゃん

──自分好みに育てる光源氏計画

──水夫を通り越して将来の幹部候補生やな

──ルーカスは海軍提督とは大きく出たなー! 少年よ大志を抱け! 俺は応援するぜ!

──ファンナは現実的なしっかり者だね。この年齢だとやっぱり女の子の方が精神的に大人なのかな

──マルコスはちょっとアホっぽいけど好きを仕事にできるといいよね

──……


「……で、一通り希望を聞いたところにトーマス氏が登場したから、いよいよ授業開始なんだけど、サミエラは先にさっきの4人が夢を叶えるにはどんな努力が必要なのか具体的にアドバイスして、子供たちに勉強へのやる気を起こさせたね」


──ルーカスへのアドバイスが具体的過ぎて草生えるわwww

──海軍さんがいるところで海軍志望のルーカスにやる気のほどを語らせるところが巧みだよなぁ

──「ルーカスの振る舞いをお祈りに来た海軍の偉い人は今でもチェックしてるかもしれないよ」ってセリフが白々しすぎるw トーマス爺さん挙動不審になってんじゃんw

──この時代は士官になるのもカネとコネなんですねぇ

──サミエラは自分の教え子が他所に取られちゃってもいいわけ?

──……


「……ん、教え子がゴールディ商会以外に雇われることを心配してる人もいるけど、サミエラとしては子供たちがゴールディ商会に入ることを望むなら歓迎するけど、他に進みたい道があるなら応援するってスタンスだね。サミエラの教え子が他所に雇われるようになったとしても、それはそれでサミエラの人脈になるわけだから長期的に観れば決して損にはならないってことだね」


──ほほ~、思った以上に長期戦略できましたね

──なるほどぉ……サミエラに好意的な人間が海軍や他所の商会に増えれば、サミエラにとってもやりやすくなるってことかい

──教え子が他所で出世したら便宜を図ってもらえたりして

──独自の情報網の構築にもなるわけか!

──青田買いどころか、一石でどれだけの鳥を狙うんだよw

──……


「そしてここからはいつも通りの授業風景になるわけだけど……ぶっちゃけこの時代って平民の識字率めっちゃ低いから、大人でも指の数以上の計算が出来なくて、自分の名前すら書けない人が多いんだよね。サミエラは子供たちが即戦力として活躍出来るようにこの時代の基準からしたらあり得ないレベルの高等教育を施しているわけで……」


──これはアカンやつやw

──トーマスさん、あごカクーンってなってんじゃん

──九九は丸暗記でいいから実はさほど難易度高くないけど、いきなりこれを見せられたら驚くわな

──おいおい、こんなやらかしをトーマスに見せちゃっていいわけ?

──書き取りであえて聖句を選ぶサミエラの巧みさよ

──これほどの規格外というか……異端扱いされかねないことをやってても、聖書への敬意を示すことで魔女じゃなくて聖女ないしは使徒と相手に思わせる思考誘導か

──この世界の神が運営ならプレイヤーが使徒というのはあながち間違いでもないけどね

──……


「もちろんやらかしてる自覚はあるから、トーマス氏にこの件をあとから質問されたら説明するつもりだったんだけど、ちょうどよくロッコが来てくれてトーマス氏にうまく説明してくれたみたいだね。あとから聞いたら、聖書の使徒行伝にあるペンテコステの奇跡──キリストの昇天後に残されたクリスチャンに奇跡が下ろされて、予言や癒しや多言語の理解ができるようになった、ってやつがサミエラの身にも起きたんだ、って説明で納得してくれたみたいだよ」


──はー……うまく誤魔化したな

──一歩間違えば魔女扱いですよね

──実際、自重せずに悪目立ちしたプレイヤーは早くも大勢リタイヤしてるみたいだよ

──医者のロールプレイで異端審問送りになったやつもいたな

──周囲からどう見られるかを意識しないと地雷を踏み抜くわけだ

──サミエラは情報操作というか立ち回り巧いよね

──この時代の価値観というか信仰心の篤さを理解して尊重しなきゃダメなんだな

──そういえばロッコもトーマス氏に対して海軍式の敬礼をしてるけど、トーマス氏のことは前から知ってたのかな?

──……


「ああ、言ってなかったけど、ロッコは元々海軍だったらしいよ。娼婦奴隷としてサンファンにマリーが売られて来た時にロッコがマリーにぞっこん惚れ込んだって話は前にしたけど、その当時は駐留艦隊に配属されてたらしいね。ただ、軍艦乗りはちょくちょく転勤があるし、所属艦が変わると母港さえも変わることがあるし、なにより給料が安いんだよね。だからマリーを身請けするお金を貯めるために海軍を辞めてゴールディ商会の所属になったんだ」


──ほーん、そういう裏事情があったのね

──トーマス氏は当時からの知り合いってことか

──ロッコも一途な男なんだね

──トーマス氏は結局のところ海軍ではどれぐらいの立ち位置なんだろね? なんか偉そうなオーラ出してるけど

──お、3点鐘が鳴ったから授業終了だな。いよいよニンジャの奴隷とご対面かぁ~wktk♪

──……








【作者コメント】

後出しで申し訳ないのですが、ノブナのキャラ設定を変えました。それに合わせてノブナ初登場の12話の内容も調整したのと、12話の最後に登場人物紹介欄も追加しました。



【登場人物紹介・坂上さかがみさくら】 

日本の幕末から明治期にかけて活躍した女性外科医。長崎でオランダ人の父と日本人の母の間に生まれたハーフ。シーボルトの娘であり日本初の女性西洋医となった楠本イネを師事して、蘭学と西洋医学を学ぶ。維新の動乱の時代を生き抜き、明治となった日本で外科医として活躍する。西南戦争では政府軍に従軍し、敵味方分け隔てなく治療したことから軍事顧問であった英国人から『東洋のナイチンゲール』と称される。一線を退いて後進育成に励んでいた晩年に日露戦争が始まり、大陸の戦場で多くの若者たちが適切な治療を受けられずに戦死していることに心を痛めていた折りに旧知の陸軍総参謀長・児玉源太郎大将に請われて大陸に渡り、旅順の戦場に野戦病院を設営して治療活動を行う。旅順要塞の降伏後の1905年、旅順市内にて一般市民の治療中に暴漢に刺されて死亡する。享年62歳。


【天気晴朗ナレドモ浪高シ】は多人数参加型歴史シミュレーションゲームであり、1858年(安政5年)~1912年(明治45年)までの日本の歴史を扱っている。すべてのプレイヤーは1858年に15歳の平民としてスタートする。ここからゲーム終了までの54年間を自由に生きることができる。目立たぬようにひっそり生きることも歴史の表舞台で華々しく活躍することもできるが、明治維新、日清戦争、日露戦争の動乱期をどう生きるかがテーマになっている。細部に至るまでしっかりと作り込まれた玄人好みの内容なので日本史オタクのプレイヤーからは絶大な評価を得ているが、プレイ人数の少なさゆえにゲームの知名度は低い。


多くのプレイヤーがクライマックスである日露戦争において活躍できる立場を得ることを目標に、軍や政治の舞台での功績を求めて立ち回る中、あえて女性外科医というマイナーな道を選び、そのくせ多くの著名人たちと知己を結び、日露戦争における花形の戦いでもある旅順要塞攻略戦でも存在感を見せつけたマサムネの評価は非常に高い。……が、ゲームその物の知名度の低さとゲームで扱われる期間が長すぎて敬遠されるということもあり、2代目の木蘭と同様に3代目の桜もマサムネの固定ファン以外にはあまり知られていない不遇ヒロインである。

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