第57話 サミエラは巻き込まれる

 新大陸およびカリブ海におけるイギリス植民地を統括する副王庁の所在地であるジャマイカ島ポートロイヤル。そこに副王の下、実務を取り仕切る新総督として赴任したのは元私掠船乗りであり、世界一周の偉業を成し遂げ、海軍提督としての実績も確かなウッド・ロジャース中将ヴァイス・アドミラルであった。


 一艦隊を率いる現役の中将を引き抜いて総督に任じるというのは前例がなく、またそのウッド・ロジャース総督が赴任先のポートロイヤルに向かう途中でサンファンに立ち寄り、直接話したがっているとなればなにがしかの密命を帯びているのであろうことは容易に想像できた。


 ゆえにサンファン駐留軍司令にして駐留艦隊提督であるトーマス・メイナード少将は彼女・・の意見を聞いてみたいと思った。


 

 ロジャース総督との話し合いが終わり、彼を見送ったトーマスは首元のタイを弛め、執務室の革張りのソファにもたれて大きく息を吐いた。


「ふぅー……有意義ではあったがこの先を思うとなかなか気疲れのする話ではありましたな」


 話し合いの間、部屋の隅に控えていた赤髪の若いメイドが近づいてきて新しい紅茶のティーカップ2つと焼き菓子の小皿をテーブルに置く。


「お疲れ様でした。閣下」


「もうメイドの真似事はしなくていいですぞ。……しかし、本職のメイドでも通用する立派な仕事ぶりでしたな。ウッド総督もまったく疑いもせず、いや、それどころか誉めておりましたな」


「……はぁ~。閣下も悪趣味ですわ。いきなり部屋付きのメイドの振りをして総督閣下をもてなせなんて無茶を仰るし。アタシはあくまで報告と打ち合わせのために来ただけだったのに」


 メイドのお仕着せ姿でぶーぶーと抗議するサミエラにトーマスがいい笑顔を向ける。


「ふふ。よく似合っておりますぞ。サミエラ嬢にロジャース総督の話を聴いてもらうにはあれが一番手っ取り早かったですからな」


「あーもう。アタシとしては聞きたくなかったわ。トーマスさん、よくも巻き込んでくれたわね! あんな機密情報を一介の出入り商人のアタシなんかに聞かせてどういうおつもりなの?」


 不機嫌さを隠そうともせずにサミエラはトーマスの向かいのソファにどすんと腰を降ろし、頬杖をついてジト眼でトーマスを睨む。

 仮にも貴族であり、ここサンファンにおける軍事の頂点に立つ将軍に対するにはあまりにも不敬な態度であるが、当のトーマス自身はますます機嫌よく笑う。


「ははは。サミエラ嬢はその方がらしくて好ましいですな。いやなに、あのバリバリの現場主義者で武闘派のウッド・ロジャース中将がポートロイヤルの総督になるなど、海軍の内部事情を知っている身としてはキナ臭いことこの上無いトンデモ人事ですからな。しかも、直接ポートロイヤルに向かわずにわざわざ遠回りをしてサンファンに立ち寄り、私と直接話したがってるとなれば間違いなく厄介ごとでしょうからな。となれば私としても正しい判断が下せるよう第三者の視点が欲しいところでしてな」


「……ううぅ。アタシとしたことがなんでよりによって今日ここに来ちゃったのかしら。そもそも、第三者の視点が欲しいなら息子さんでも良かったのでは?」


「息子は良くも悪くも私の価値観の影響を受けすぎていますからな。第三者と言うには不適切なのですな。かといって大抵の者は私の立場に遠慮して忌憚きたんのない意見は言ってくれませんからな。女性であり、平民であり、若者であり、また気兼ねなく話せる友であるサミエラ嬢が最適なのですな」


「あーもう、分かったわよぅ。それで、閣下はアタシに何をお聞きになりたいのかしら?」


 両手を上げて降参のポーズをするサミエラにトーマスがずばり尋ねる。


「そうですな。では単刀直入に、ロジャース総督が持ち込んだ今回の海賊特赦令についてどう思われましたかな? なんでもいい。正直な意見を聞かせて欲しい」


 サミエラもまた姿勢を正し、気持ちを落ち着かせるために紅茶を一口飲んでからまっすぐにトーマスの目を見ながら口を開く。


「そうですね…………戦略的な視点から国の長期的な利益を考えるなら、これ以上ない最高のタイミングだと思います」


 サミエラの答えにトーマスが苦笑する。


「……なんでもいいとは言いましたがな、いきなり戦略の話をするあたりがなんともサミエラ嬢らしいですな。しかし話が早くて助かる。なぜそう思われたのか理由を話していただけますかな?」


「まず、海賊の力でイギリスを列強に押し上げたスチュアート朝の断絶とハノーヴァー朝への代替わりが大きいですね。大陸国家である神聖ローマ帝国の一部であったハノーヴァー選帝侯国・ハノーヴァー家はこれまで海賊を利用してきたという後ろ暗い過去はないから憚ることなく海賊を悪と断じて取り締まることができます。ましてや新王のジョージ2世陛下は即位したばかり。外国出身の王として目立つ功績を欲しておられるはず。今となっては害悪でしかない海賊の脅威を排除して航路を安全にできればそれだけでも民衆からの支持は上がるでしょうから、陛下にはそれを推し進める十分すぎる理由があるかと」


「確かにその通りですな。この計画そのものは宰相のウォルポール卿と海軍本部アドミラリティ主導によるものですが、国王陛下ご自身に改革のご意志と動機があるという意味は大きいですな。先代のジョージ1世陛下はそもそもイギリスの政治そのものに関心がおありではなかったので、政治は混乱し、海賊たちを増長させてしまいましたからな」


「情勢も後押ししています。スペイン継承戦争とアン女王戦争、それに続く南海泡沫事件の混乱からようやく国が立ち直りつつある今だからこそ、海賊の脅威を排除できれば大きな経済成長が見込めるでしょうし、それに今はどこの国も国力回復に努め、次の戦争に備えている戦間期。いずれスペインとの戦争が再燃することが予想されているなら、この国力回復、いえ国力を増強して他国を出し抜ける大きな機会を逃すべきではないでしょうね」


「ほう。国力を増強して他国を出し抜く機会とまで言いますか」


「ええ。ロジャース総督も仄めかしておられましたが、海賊暮らしは決して楽ではないはず。戦争とバブルの崩壊で食い詰めて海賊になったものの、そのことを後悔して足を洗いたがっている者たちがこの機会に赦されて堅気に戻れるなら、それだけでも労働人口が増えることになりますし、海賊の数が減れば軍の対処も容易になり、海賊の取り締まりが強化されれば新たに海賊になろうとする者も減る。少なくともイギリスの勢力下の海は海賊にとっていい狩り場ではなくなるでしょうから、潜在的な敵国に海賊たちを押し付ける結果にもなるかと思います」


「なるほど。その通りですな。他国が我が国の海賊対策を真似て同様の対策を採れば海賊の脅威がすべての海で小さくなるからそれはそれで四方良し。それをしないとしても、我が国の海域に比べて取り締まりの緩い他国の海に海賊たちが流れるだけのこと。どちらに転んでもメリットは大きいわけですな」


「そうです。そしてこの件の責任者としてあえて海賊上がりのロジャース閣下を抜擢した今の海軍本部アドミラリティの戦略眼も素晴らしいですね。海賊たちの憧れであり生ける伝説であるロジャース閣下が自ら海賊対策を推し進めるというのはまさに時代の潮目が変わったことを海賊たちに知らしめるものになるかと」


「ふむ。確かに今回の人事にはそのような意図も当然あるでしょうな」


「エリザベス1世陛下の治世以来、この国では海賊から出世して貴族に叙せられた事例がいくつもあります。有名どころだとスペインの無敵艦隊をアルマダ海戦で破ったフランシス・ドレイク卿、スペインの植民地ポルトベロ、マカライボ、パナマを攻略してジャマイカ副総督に任じられたヘンリー・モーガン卿、そして今世では世界一周の偉業を成し遂げ、戦争でも活躍して提督に登り詰めたウッド・ロジャース卿。

 彼らの功績は疑いようのないものですが、同時に海賊にとっての成功の象徴にして、海賊を平民から貴族になるための登竜門と印象付けてしまった悪しき前例でもあります」


「そうですな。特にドレイク卿とモーガン卿に関しては悪事を働いてもそれを上回る功績を上げれば罪に問われないという前例ですからな」


「だからこそ、海賊と共に歩んだスチュアート朝の黄昏たそがれに海賊から貴族に叙せられたロジャース閣下が、ハノーヴァー朝のあかつきにおいて海賊の取り締まりの中心になるのは象徴的な出来事となるでしょうし、海賊側の価値観と海軍側の価値観の両方が理解できるロジャース閣下なればこその飴と鞭の使い分けが期待できると思います」


「違いない。ロジャース総督は海賊を罰するより、まずはチャンスを与えたいと思っていますからな。この特赦令の内容についても彼の発案によるもののようですし。…………それにしても、サミエラ嬢はさすがですな。意図的に聞かせたとはいえここまで状況を正しく理解されておるとは。貴女が男であれば勅任艦長待遇で私の副官に欲しいところですぞ」


「あ、はは。アタシはあくまで商人として成功したいと思っていますので。その、お友だちであるトーマスさんと雑談に興じることはやぶさかではありませんが」


「ははは。雑談。そうあくまで雑談ですな。老人と若いメイドが茶飲み話に興じているただそれだけのことですな。だが、私にとってはとても楽しく有意義な時間でもありますので、引き続き相手をしてやっていただけると嬉しいですな」


「それはもう喜んで。でも、雑談の内容がもう少し軽いものだとアタシも気が楽なのですが。うふふ」


「老人の話というものは小難しいものでしてな。しかもそんな小難しい話に付き合ってくれる若い娘さんにはついつい調子に乗って色々話したくなってしまうのです。いやはや、老人の悪い癖ですな。ははは」




~~~~



【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.35 パーソナリティー:Mulan&Nobuna】



Mulan「いきなりの話であったにもかかわらず、メイドの仕事もきっちりこなせるサミエラ殿は流石でござるな」


Nobuna「そのあたりはマリー姉にしっかり仕込まれておるからのぅ。それより、サミエラ殿のサイズのメイドのお仕着せがしっかり準備されておるあたり、トーマス殿もなかなかの策士じゃのぅ」



──トーマス爺さんマジGJ!

──サミエラのメイドコス!

──眼福【投げ銭】

──サミエラのメイド姿が見たかっただけもあるな

──いやむしろトーマスさんが提督閣下として活動する時も連れ回せるように前例を作ったんじゃないか?

──ロジャース総督には出来るメイドと認知されちゃったんちゃう? また会う機会があるかは知らんけど

──ウッド・ロジャース総督とトーマス・メイナード提督の高度に政治的で機密性の高い場に同席させられた偽メイド乙w

──昔のイギリスの執事やメイドって本当のプロフェッショナルでものすごく信頼されてたらしいね。こういう密談の場にいても問題視されないぐらい

──ロジャース総督が帰ったあとでさすがにちょっとキレて素が出ちゃってるサミエラw

──そんなサミエラが可愛くてしょうがないトーマス爺はもはや手遅れ

──プンプン丸なサミエラは普通にきゃわわだし(/▽\)♪

──これを前例にして今後もこういうことはあると見た

──……




Mulan「トーマス将軍はサミエラ殿に軍師ないしは相談役のような役割を期待しているようでありますな」


Nobuna 「 そうじゃのぅ。サミエラ殿も今となってはトーマス殿に対してはあまり爪を隠しておらんからのぅ。サミエラ殿の能力の高さを知ったらそら当てにしたくもなるじゃろうなぁ。将軍というのは責任は重く、それでいて相談できる相手も少なく孤独な立場じゃからのぅ」


Mulan 「ふむ。妹の発言には経験に基づく重みがありますな」


Nobuna 「信忠の奴もいつもストレスで胃を痛めておったからのぅ」


Mulan 「……妹よ、信忠公の胃痛の原因のほとんどは好き勝手に暴れまわる副将軍のせいだったとせつは記憶しておるのだが?」



──ほんそれ!

──ムーラン、よくぞ俺たちの気持ちを代弁してくれた!

──よう言うた! GJ

──まー確かに軍事顧問としてサミエラ以上の適任者いないよね

──でも男女格差が大きいからおおっぴらにしたら反発大きいと思うの

──あくまで秘密の相談相手ということで

──ドイツ共和国空軍大将、織田幕府副将軍、河南討捕軍副司の経験は伊達じゃない

──サクラさん以外は将官級経験者ってのがヤバい経歴w

──そんな将官を顎で使えるサクラさんこそ最強説

──それな

──……

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