第41話 サミエラはくノーを当惑させる
向かい風を間切る
現在、海岸に500ヤード(約450㍍)ぐらいまで近づいている。
「今の水深はどれぐらいかしら?」
サミエラの問いに
「だいたい6ヤード(約5.5㍍)ぐらいだな」
「んー、じゃあ4ヤード(約3.6㍍)の深さになるまで陸に近づくわよ。アボット、そろそろ帆を畳む準備もしてちょうだい」
「イエスマム! ゴンとナミはマストに上がってスパンカーを畳む準備にかかれ!」
「「ヤー!」」
ゴンノスケとサザナミが
そこからさらに100ヤードほど海岸に近づいたところでついに水深が4ヤードを切ったので、そこで投錨して帆を畳むようサミエラが指示を出す。
「ショーゴ、錨を下ろせ! ゴン、ナミ、スパンカーを畳め! アニーはステイセイルから風を抜いて帆を下ろせ!」
──ドボンッ
ショーゴが錨を吊り下げている金具を外して錨を落水させれば、沈む錨に引かれて甲板に巻いてあった
ショーゴがたわんだケーブルを
ゴンノスケとサザナミがスパンカーの
甲板ではアネッタがステイセイルを降ろして畳んでいく。マストや帆桁に固定されているスパンカーやトップセイルのような帆とは違い、ステイセイルは
「アボット、ショーゴにケーブルをもっと出すように言ってちょうだい。そうね、あと50ヤード(約45㍍)ほど出しておいてもらおうかしら」
「……ほう。なかなか面白いことをされますな。了解です。
少し考えてサミエラの意図を理解したアボットがにやりと笑い、船首のキャップスタンで作業しているショーゴのところまで行って何やら説明し、ケーブルをキャップスタンから外した。
当然の結果として、船首側からの向かい風に押し流されて【バンシー】がゆっくりと後退し始める。
そのまま50ヤードほど後退したところで再びケーブルがキャップスタンに固定されて今度こそ【バンシー】が停船する。
現在【バンシー】は“古き声の入り江”の最奥部からおよそ400ヤード(約360㍍)の沖合いに、右舷側を陸に向け船首を風上である東に向けた状態で帆を畳んで停泊している。船をこの場に留めている錨は船首前方50ヤードの海底に沈んでいる。
【バンシー】は喫水線から船底までが2ヤード(約1.8㍍)ほど
なので、水深約4ヤードのこの場所は船底から海底までわずか2ヤードしかない。遠浅の海なのでそんなに急に浅くなることはないとはいえ、これよりも陸に近づけば座礁する可能性はある。
外海に比べると波の穏やかな湾内は引き潮の影響で少し水に濁りがあるものの、それでも非常に透明度が高く、船縁から見下ろせば波によって形作られた海底の砂地の模様や、小魚の群れ、海底にそよぐ海草の様子までもが
熱帯の強い日差しが海面で乱反射し、海底に揺れる波の影を落とす。
船の操作中には気にかける余裕もないが、落ち着いてみればここは非常に美しい入り江であった。
「なんともええとこじゃのぅ」
「であるな。釣りでもしたいところだな」
「ほうじゃの。お、あれはボラじゃな。刺身が食いたいのぅ」
「刺身か。醤油があれば言うことなしだがな」
「まあ、わしは塩で食う刺身も馴れたがの。じゃが、姫は魚の生食を許してくれるかのぅ?」
「どうだかな。だが、姫は俺たち日ノ本の文化にも精通しておるからあっさり許してくれそうにも思うがな」
マストから降りてきたゴンノスケがショーゴと一緒に船縁から海を眺めながら暢気に話し合う。
「ゴン、ショーゴ! あんたたち姫に食事の仕度させて何しとん!」
サザナミの怒声にはっと我に返る二人。見れば残りの全員が船尾に集まって食事の準備をしており、主人であるサミエラも率先して動いている様子に慌てて船尾に駆け寄る。
「すまぬ。つい海に気を取られておった」「旨そうなボラが泳いどったもんでついの」
平謝りの二人に気を悪くした様子もなくサミエラが笑う。
「あは。男の子ねぇ。水の中をつい覗きこみたくなるのは男の子の本能みたいなものだからナミもそんなに目くじら立てなくていいわよ。それに皆ここまで期待以上の働きをしてくれたからね」
「もうっ! 姫は甘過ぎやわ! そもそも主人が食事の仕度を率先するなんて聞いたこともあれへんわ」
「そうかしら? 日ノ本なら、奥州の伊達政宗公は料理好きで家臣たちによく手料理を振る舞ってたし、織田信長公の妹のお市の方も嫁ぎ先の浅井家でいつも台所に立っていたと記憶しているのだけど?」
「…………は? …………はぁっ!? なんでそんなことまで知っとんの!? まさか、姫は日ノ本に住んどったん?」
「ええ。もう100年以上前だけどね。あはは」
サザナミの問いに冗談めかして答え、サミエラはもうこの話は終わりと手を振って食事の準備を再開した。サザナミはなおも聞きたそうな表情をしていたが飲み込んでサミエラの手伝いをする。
テーブル代わりの木箱の上に市場で買い込んできたパンやチーズや生の果物や燻製の魚を並べていき、革のジョッキに防水の為にタールが塗ってある通称ブラックジャックと呼ばれる黒いジョッキを人数分準備し、ワインやビールの入った陶器の瓶も何本か並べて置く。
そして、ロッコが鳴らす昼の8点鐘(12:00)が船に鳴り響く。
──カンカァーン……カンカァーン……カンカァーン……カンカァーン……
「さあ、準備できたわ。まずは手を洗って、それぞれ各自でお祈りを済ませてね。今日は主人だの奴隷だの堅苦しいことは言いっこなし。好きなものを取って食べてちょうだい。ワインやビールはこの後の仕事に支障が出ない程度に楽しむこと。酒精の入ってない水や紅茶が良かったらそっちもあるから」
「手洗い用の水はこっちよ」
アネッタが水瓶を脇に抱えて全員の手洗いの為に水を注いで回る。それが終わった者から順に各々食事への感謝の祈りをしてから食事を始めるのだった。
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【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.7 パーソナリティー:Sakura&Nobuna】
──おお、船がドリフトしとるw
──ほーん、船に行き足が残った状態で錨を落とすと船尾が横滑りしてスピンするのか
──なるほど。風に押されてバックするのは桟橋に接舷するときも応用できそうね
──あー、これはバックで船を桟橋に付ける練習なのか?
──サミエラが錨綱を長く出させてるのはなんでかな?
──ロッコは何も言わないし、アボットも納得してるみたいだから意味はあるんだよね?
──……
Nobuna「うーむ……錨を落としてから50ヤードも風下に船を流す理由は妾にも分からんのぅ。バックの練習というのもしっくりこんしのぅ」
Sakura「ノブナも分からんと? 珍しかね」
Nobuna「アボット曰くセオリーからは外れとるらしいからのぅ。じゃが、アボットを納得させられるだけの理にかなった行動ではあるということなんじゃろうなぁ」
──まあ、見てのお楽しみってことで
──船が停まったから帆を畳み始めたな
──マストの上での作業は見ててハラハラするな
──足場綱とかただのロープだもんな
──ああ、帆布にたくさんついてるあの紐って帆を手繰り上げるための手掛かりだったのか
──ステイセイルはアニーちゃん一人で降ろせるんだね
──……
Nobuna「ステイセイルとジブセイルはまあ言うなればワイヤーカーテンみたいな構造じゃからな。上げる時は帆の重さもあって一人だとちと大変じゃが、降ろすときはロープを緩めるだけじゃから一人でもなんとかなるの」
Sakura「新富座の舞台幕もロープで操作しとらすけん、似たような構造と言えば分かりやすかけんねっ!」
Nobuna「そうなんじゃが……その例えはリスナーに通じるんかのぅ?」
──桜さんだからねw
──よかよか
──つまり舞台幕はステイセイルみたいな感じと
──桜さんのドヤ顔かわゆす
──むしろノブナのリスナーの理解度に合わせた説明すごいと思う
──……
Sakura「それたいっ! ノブナはこん解説のためにばり勉強しとるとよ! うちの自慢の妹ったいね! もっと誉めんさい!」
Nobuna「姉御、やめんか!」
──仲良しかw
──妹大好きなお姉ちゃんとかてぇてぇ……
──あ、サボってたゴンとショーゴがナミに怒られてやんのw
──ナミってちゃんとしてるよね
──……は? サミエラが伊達政宗とお市の方を引き合いに出してナミを当惑させてるんだがw
──100年以上前に日本に住んでたって冗談っぽく言ってるけど事実なんだよな~
──ナミもなにやら考え込んでるし、どう受け止めるかな?
──……
【作者コメント】
先日、海に釣りに行ったらボラが釣れまして。伊勢の海は綺麗なので夏ボラでも刺身で美味しく食べれました。で、ついでに色々調べてみたら、ボラって世界中の温帯から熱帯の海に棲息しているらしいですね。しかも、食性の関係でアニサキスはまず寄生していないらしいので安心して生食できる優秀な魚らしいです。ということでカリブの海でボラを見つけてはしゃぐゴンの一幕を入れてみました。面白かったと思っていただけたら応援ボタンや☆評価をポチポチしていただけると嬉しいです。
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