第60話 サミエラはロストテクノロジーを売る
サミエラが試食に提供したフルーツラムケーキによって話は少々脱線したものの、話題は本来のサミエラの訪問の目的であった、改装の終わったケッチ船【メロウ】の海軍へのリースの話へと移る。
「……ふむ。先日ラウザから奪った海賊船の改装工事が終わったのですか」
「はい。こちらが改装終了後のケッチ船【メロウ】の詳細となります」
テーブルの上に広げられた改装設計図面にトーマスが一瞬、目を見開く。そんなトーマスの変化には気づかず、図面の各部を指さしながらサミエラが仕様を説明し始める。
「元はメインマストとミズンマストに
「……なるほど。総帆面積が増え、順風能力も向上させたことで敏捷性もかなり上がっているようですな。行動を共にすることが多くなるであろうゴールディ商会の【バンシー】と足並みを揃えやすくなるでしょうし、足の速い小型船の多い対海賊用としても理にかなった
「はい。ですがあたしは要望を出しただけです。実際に作業にあたり、しっかりとバランス良く仕上げてくれたドックの船大工たちには頭が下がる思いです」
トーマスはジットリとした目をサミエラに向ける。
「……鈍重な漁船ピンネースを軽快な戦闘用ケッチに改装するのは些細な工事ではありませんぞ。ドックの船大工たちは確かに腕はいいが、要望だけでここまでできるほどではない。よほど具体的な内容を指示していない限りこの短期間でここまで一貫した改装は無理でしょう。それで……この設計図は誰の手によるものですかな?」
「…………あたしがやりました」
「……やはり。あれだけ詳しい説明ができるのだからそうだとは思っていましたが、いったいどれほどの引き出しがあるのやら。またいずれ詳しく聞かせてもらいたいところですな。……さて、ではこの船は軍で預かってクレブラ島の常駐艦とする予定なわけですが、引き渡しはどうされますかな?」
「あ、それなのですが、現在うちの者たちが改装後の試験航海をしておりまして、その後こちらの海軍埠頭に入港するようにと指示しているのですがよろしかったですか?」
「ふむ。ならばスループ艦以下の補助艦艇用桟橋の警備の者にその旨を伝えておいた方が話は早そうですな。……ナタリア、衛兵を一人呼んでくれ」
廊下で歩哨に立っていた衛兵がナタリアに呼ばれてトーマスの元に来て、指示を受けて再び出ていく。
「【メロウ】に武装を施し、キャンベル准尉以下の乗組員たちが新しい艦の扱いに慣れるには1週間ほど見込んでおいた方がいいでしょうな。それ以降はクレブラ島の常駐艦としての任務にも就けるでしょうが、クレブラ島にはまともな港湾設備もなければ船大工もいないので、常駐といっても朝にここからクレブラ島に向かい、夕方にこちらに戻ってくるという形に落ち着くと思いますがな」
「もちろんそれで構いません。とはいえ、ある程度の修理ができるドックと乗組員の休憩場所だけは早めに用意させていただきますね」
「そうしていただけると助かりますな。……それで、サミエラ嬢はクレブラ島をこれからどのように運営していくおつもりですかな?」
「そうですね、まだ大雑把なプランでしかありませんがかまいませんか?」
「無論です。あ、ナタリア、紅茶のおかわりを頼む。それとこのフルーツラムケーキも追加で切り出してくれ。さっきより厚く切るように。……さて、では聴かせていただきましょうか」
完全にじっくりと腰を据えて聴く体勢になったトーマスの様子に苦笑しつつサミエラは今後の予定について説明を始める。
「ロバート艦長からすでに聞いておられるかもしれませんが、先日、ロバート艦長の【チェルシー】に同行していただいてクレブラ島に視察に行って参りまして、村とサトウキビ農園と蒸留所の様子も見てきました」
「息子からも聞いています。いかがでしたかな?」
「閣下が赤字を出してでも管理されていた理由がよく分かりました。あの島の立地と地形は海賊基地にされると厄介ですね。逆にこちらできちんと管理していればヴァージン諸島方面における海賊活動への牽制になります。元々はアレムケル農園のサトウキビをクレブラ島の蒸留所に持ち込んで干し果物に使うラム酒に加工してもらうというだけのつもりでしたが、視察をしてみて気が変わりました。クレブラ島を本格的に開発しようと思っています」
「ほぅ。本格的に開発とはつまり?」
「島の南側の湾は波が穏やかで水深が深く、それなりに大きな船でも接岸できる天然の良港です。しかし現在のそこは桟橋しかない小さな漁港でしかないので、きちんとした港を整備し、船の修理や改装ができる造船所を建築するつもりです。湾内に小島があるのでそこに灯台と砲台を兼ねたマーテロー塔を建てて港の守りとし、港に隣接する村の周囲を城壁で囲んで
「なんと。それはずいぶんと大掛かりな話になりましたな。……しかし今聞いた内容の工事をするには莫大な資金が必要になりますぞ。私があの島の重要性を認識しつつもあえて開発せずに最低限の管理に留めていた理由がまさにそれですからな。最低限の管理でさえかなりの赤字が出ておるのに、そこまで本格的な開発をするのは一介の商人の手には余るのではありませんか? 破産しては元も子もないのですぞ?」
「ええ。まともなやり方でやろうとしたら到底無理であることは承知しています。……ですが、もし港と砦の材料がほぼ無料であるとしたらどうでしょう? しかも島外から持ち込むのではなく、島内で調達できるとしたら?」
「……っ!?」
トーマスが驚愕のあまり言葉を失う。そこにナタリアが配膳用のワゴンを押して戻ってくる。
「……………………新しい紅茶が来たようですな。ちょうどよかった。少し心を落ち着かせる時間をいただきたい」
ナタリアが新しい紅茶とケーキをテーブルに並べる間、黙考していたトーマスは、紅茶を一口飲み、大きく深呼吸してからサミエラの目をまっすぐに見て口を開いた。
「本当にそんなことが可能なのですか?」
「古代ローマの繁栄を支えたローマン・コンクリート。その製法はヨーロッパでは混迷の暗黒時代に失われて久しいですが、シルクロードによって東方に伝えられ、極東の地において現在まで密かに受け継がれていました。その主な材料は、いずれも火山島であるクレブラ島では容易に手に入るものです」
トーマスがちらりとサザナミに視線を向け、納得したように頷く。実のところローマン・コンクリートについての知識はサザナミたちからもたらされたものではなく、サミエラ自身の知識によるものだが、出所を明かせない情報については日ノ本由来としておいた方が色々と都合が良い。
「なるほど。確かにローマ帝国の崩壊からヨーロッパ諸国が今の形に落ち着くまでの1000年以上の混迷の時代に、古代の叡智の多くは失伝したと聞いています。とりわけローマ時代から今に至るまで使われ続けられている水道橋などに使われているローマン・コンクリートは現代のモルタルよりも遥かに耐久性に優れているので多くの建築家たちが再現しようと躍起になり、その都度挫折を経験してきた伝説の建材。……それを再現できると? しかも材料は火山島であれば容易に手に入るものであると?」
「その通りです」
「おぅ、ジーザス……」
トーマスは思わず呻いて天を仰ぎ、ゆっくりと頭を振り、真剣な眼差しでサミエラと向き合う。
「その情報の詳細、教えていただけませんかな? 無論、ただとは言いません。そうですな……ダブルーン金貨100枚でいかがでしょう?」
通称、2倍大金貨と呼ばれるダブルーン金貨は現在流通している中で最も金の含有量の高い金貨であり、労働者1日の賃金は概ね1ペソ銀貨1枚が相場であるが、その1ペソ銀貨およそ200枚相当の価値がある。つまりダブルーン金貨100枚とは、200人の労働者を100日雇える金額ということになる。
提示された金額のあまりの多さにサミエラが目を見開く。
「そんなに出していただけるんですか?」
「それだけの価値のある情報なのです。これは国家戦略レベルの情報です。当然、材料と製法の詳細を教えていただくことに加え、クレブラ島開発において実際に使っている場面を見せていただくというのが条件となりますがな」
「それは当然の要求ですね。わかりました。その条件でローマン・コンクリートについての詳細情報、開示させていただきます」
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【その時、歴史を動かしたCh 考証解説Vol.35 パーソナリティー:Mulan&Nobuna】
Nobuna 「あ……その設計図面……見せてええのかのぅ?」
Mulan 「……で、あるね。トーマス殿も明らかに動揺してござるよ」
Nobuna 「……当のサミエラ殿はまだやらかしに気づいておらんようじゃな」
Mulan 「サミエラ殿に近しい者たちは感覚が麻痺してもはや多少のやらかしには動じなくなってござるからな。ブレーキ役がおらんのであるな」
Nobuna 「妾もかつて築城の縄張り図でやらかして父上をドン引きさせたからのぅ」
Mulan 「それを言うなら拙も攻城兵器でやらかして張大師をドン引きさせたのであるな」
Nobuna 「うむ。これは
Mulan 「であるね」
──歴代マサムネコ共通の設計図面やらかし乙!
──そういえばハイジ閣下は元々はパイロットじゃなくて戦闘機の設計技師だったな(  ̄- ̄)トオイメ
──たぶんこの時代はこんな詳細な設計図面なんか起こさずに造船してるよね
──ヘムタイ技師揃いのWW2のドイツ仕込みの設計図面とか完全にオーパーツやんけw
──メロウ号の改装内容をイキイキと説明してるサミエラかわよ
──はい。当然トーマス閣下からツッコミ入りました
──誰がやったんだ? ん?
──怒らないから正直に言いなさい(ニコッ)
──アタシがやりましたぁぁぁ!
──カッとなってつい! でも後悔はしていません!
──カツ丼食うかい?
──トーマスさんもサミエラのやらかしにだいぶ耐性ついたよね
──……と思ってた時代がオレにもありました
──…………
Nobuna 「ふははは。サミエラ殿主導による島の開拓がセオリー通りいくわけないのじゃ」
Mulan 「うむ。当然自重などかなぐり捨てるでござろうな。当然、簡易砦程度では済むまい。ローマン・コンクリートを使うつもりという時点でお察しであるな」
Nobuna 「クレブラ島の北側は砂浜の多い遠浅の海岸線じゃが、南部は水深の深い入り組んだ湾になっていて天然の良港になっておるんじゃな。ええっと……こういう地形はなんというんじゃったか……」
Mulan 「リアス式海岸であるよ。攻めにくく守りやすい天然の要害でもあるから海賊に占領されて砦にされたら厄介でござるな」
Nobuna 「まあサミエラ殿もそれがわかっているからこそ先んじて要塞化しようとしとるんじゃがのぅ」
──これは……島の南側の湾を沿岸要塞化したらそう簡単には
──入り口が狭くて水深があって周囲が切り立った崖になってるから艦の泊地としても理想的だよね
──攻湾防衛用の砲台を設置できそうな高台の岬や小島もあるしな
──さっきサミエラが言ってたマーテロー塔ってなに?
──教えて? ノブナ先生!
──……
Nobuna 「マーテロー塔は長砲を1門だけ備え、20名前後の兵が立て籠れる小さいが堅牢な沿岸防衛用の要塞じゃな。モデルはイタリアのコルシカ島のモルテラ岬にあった防御塔じゃったが、1794年にイギリス海軍の戦列艦と重フリゲート艦が2日間の艦砲射撃でも陥落させることができずに逆にボコられて撤退するという戦いがあってのぅ。その堅牢さとコスパの良さを気に入ったイギリス人によってコピーされてイギリスの世界中の植民地に建てられまくって19世紀を通じて活躍したんじゃ」
Mulan 「モンテラが訛ってマーテローになったのであるな。形はチェスの駒のルークそのままでござるね」
Nobuna 「ちなみに、今の
Mulan 「つまり、クレブラ島にマーテロー塔が建ったらこれまた時代を先取りしたやらかしということになるわけであるな 」
Nobuna 「マーテロー塔という名前でこそないが、コルシカ島には15世紀頃から存在しておるらしいからこれぐらいなら誤差の範囲じゃろ」
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