第7話 喰らう大妖精

 口調も少しだけ……、全体的に雰囲気が柔らかくなった気がするが……。

 いつものような刺々しさが緩和されると、今度は人見知りをしたみたいに目が合わなくなるんだよな……。

 あらためて考えてみれば、先輩と向かい合ってファミレスにいるわけだ。奈多切は大人びて見えるが、やはり高校一年生……、緊張しているのかもしれない。


 特段、俺と仲が良いわけでもないしな。



「妖精の魔法を利用して救済する場合は、代償に気を付けた方がいいです」


「代償か……、そりゃ、無尽蔵に魔法が出せるわけないもんな」


「はい。私がエミールにこうして……ん」


 奈多切の首に噛みつくエミール……。


「噛みつかれて、好意を食べさせているように、先輩も妖精に善意、もしくは好意を食べさせるわけです……。そうなると、食べさせた分の善意が、先輩の中から消えると考えれば……、私を見ていればどうなるのか分かりますよね?」


 柔らかくなった雰囲気がまたすぐに元に戻った……。

 誰も寄せ付けないような刺々しい雰囲気、目が合えば殺されるかも!? と錯覚する視線。


 見下されていると勘違いする瞳――。

 取り戻した彼女の雰囲気は、エミールが奈多切の好意を食べてからだったはず……。


 つまり、奈多切は特定の誰かどころか、周囲に向けるはずだった好意をエミールに渡しているからこそ、校内で孤立してしまう性格になって……?


「アタシのせいじゃないからな」


 と、先んじてエミールが釘を刺した。

 決めつけるつもりはなかったが、候補は確かにエミールしかいないだろう。

 エミールが奈多切の好意を頻繁に食べているから、奈多切はクラスで、学校で、孤立してしまっているのではないか――。


 しかし、嫌なら食べさせなければいいだけで、そうしょっちゅう、妖精の救済をしなければいけないわけじゃないだろうし……。

 じゃあどうして、奈多切はそこまで頻繁に好意を食べさせている?


「好意がばればれだからだな」


「は?」


「だから、言葉にするまでもなく好きなやつに好意がばれるから、アタシが喰ってやってんだ。じゃないと意図していないところで恋心が相手にばれたら、めっちゃ恥ずかしいだろ?」


「……そんなことで? たったそれだけのことで、学校で孤立していることを選んだのか!?」


「孤立してません。……一人でいることが多いですが、声をかければ話してくれる友達くらいはいますからね」


 孤立こそ、カリスマ性を浮彫にさせているとも言えたが……、それにしたってなあ。

 元から、ちやほやされる素質はあったのだ、奈多切があんな態度でなければ、今頃は引く手あまただっただろうに……もったいない。


「一人だけに、振り向いてくれればいいですから」


「でもお前、そのための好意を隠してるじゃん」


「ま、まだ無理です。

 こっちにも準備を整える時間くらいくださいよぉっ!!」


 今、少し素が出たような気がしたが……。

 エミールが口をぱくぱくさせていたので、溢れ出した好意を食べたのだろう……、もう首元に噛みつかなくなったな。

 そんなに溢れているのか、奈多切の好意は……。

 

 化物を一発で救済するだけある。


「ふう……なるほどな、理解した」


 飲み終えたドリンクのグラスを軽く回す……、中の氷がからんと音を鳴らした。


「いつどこで妖精が悪化するか分からない……、このモールだけが、特別に多いというだけで、別に町中だろうと学校だろうと妖精はいて、悪化する可能性は充分にあるんだろ?」


「人がいれば、影響を受ける……、善意よりも悪意が飛び交うのが人間だろう?」


「否定できねえな」


 悪意や敵意の方が圧倒的に多い。

 弱肉強食の世界を経て、今の時代になっているわけだ。基本、他人を信用するには、精神的な障害がある。身を守るためにまず否定をするのがデフォルトになっているのだろう。

『とりあえず信用してみる』ができる人間が、どれだけいるのか。

 そして、できてしまうと、それはそれで生物としては迂闊だろう。


 人間という生物として、これが良い塩梅だとは思うが……。その分、妖精が痛い目を見ている。……贅沢を言えば、純粋無垢から成長して、自衛くらいはできてほしいものだが――。


 妖精にとっての当たり前を崩すことは、すぐには難しい。


 だから都度、知っている者たちが救済するしかないわけだ。


「俺も、奈多切の手伝いをするよ」

「だめです、これは私の」


「お前の役目でもねえだろう」


 誰の役目でもない……、

 だからこそ、誰がやったっていいはずなのだ。


「先輩は、エミールと契約しているわけではない……それは資格の有無と言えます」

「なら、エミール」

「ん? アタシは構わないけど?」


「エミールッ!!」


 奈多切の怒声が響き、ファミレス内がしんと静かになった……。多くの視線が俺たちに向けられている。ただ、エミールの姿は見えていないため、俺と奈多切が喧嘩している、とでも周囲は思っているのだろう。


 ひそひそと、「……痴話喧嘩?」とか聞こえてくるが、そう見えなくもないのか。

 いま思えば、もしもこの光景を奈多切の想い人に見られたら、誤解されちまうな……。

 知りたいことを知ることができたんだ、手早く出よう。


「奈多切。お前に俺を止める権利はないはずだ」


「それは、そうですけど……ッ」


「邪魔はしない。自分の身くらい自分で守れる。だから……気にすんな。

 お互いに、気付いたら救済するってことでいいだろ。わざわざ集まって手を組んで行動する必要もないわけだしな。

 とにかく、昨日と今日は助かった。なにも知らない状態でなければ、俺もなんとか、悪化した妖精相手でもなんとかなると思う……、説明、助かったぜ、奈多切と、エミール」


「悪いね、この子が頑固で」


「悪くない。そこが奈多切の美点だろ?」


 にっと笑うエミールから視線をはずし、伝票を持って立ち上がる。


「ここは払っておく。大した金額じゃねえしな。

 後輩の女の子に、半分も出させるのは俺が俺を許せねえ。ここは甘えてくれ、奈多切」


 財布を出しかけていた奈多切に釘を刺しておく。

 不満そうだったが、すぐに財布をしまった奈多切は良い女だな。男が奢ると言った時は素直に奢られておけ。ここで食い下がって押し問答になる方がだせえからな。


 一応、奢れるほどの甲斐性はあると思われていたらしい。


 ファミレスから出ると――、見えてしまうともう見て見ぬ振りはできないな……。


 あらゆる場所に妖精がいる。もしかしたら、俺の部屋に知らぬ間に住みついている妖精の一人や二人、いるかもしれねえ……。


「先輩っ」


 後ろから、奈多切の声。


「……ごちそうさまです」


「おう。エミールがいるから心配ないかもしれないが、あんまり無茶をするなよ。

 隣に誰かいないと、倒れた時に誰も助けてくれないからな」


「それ、先輩に当てはまりますけど」


「倒れねえよ。そんなヘマはしねえ」


 とは言ったものの、当然、あり得る話だ。

 だがまあ、ここは強がるべきところだ。


 じー、と非難する目を向けてくる奈多切……。

 言葉にしろよ……いや待て、会話が終わらなくなるからそのままでいい。


「……実は、大妖精はもう一人いるみたいなんです……。エミールがぼそっと呟いたのを聞いていて……、先輩はその大妖精を探すべきですね」


「お前とエミールみたいに手を組めって?」

「倒れた時に手を貸してくれる人がいても困らないでしょう?」


 奈多切の言う通りである。いて困る人材じゃない……、メリィやレイディにお願いしても良かったが、すぐに悪影響を受けてしまう二人に比べれば、大妖精はまだ耐性があるらしい。

 ……なら、大妖精に頼った方がまだリスクは少ないか。


「手がかりは……って、ねえか。あったら今ここで言ってるもんな」


「……名前だけは、知っています」


 だけは。


 だからつまり、名前以外の手がかりはないってことだ。



「レーモン。それがエミールと対となる、大妖精の名前です」

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