1章 フェアリー・ワールド/素知らぬ天井
第2話 奈多切さんは塩対応
入学早々から話題になっていたので俺でも知っている。学年が違うと、知ろうとしなければなかなか認知する機会は少ない……。
部活でもやっていれば知り合うきっかけはあるのだが、彼女に関しては部活にも委員会にも入っていないので、上級生の俺が知り合うきっかけはゼロだと言っていい。
肩まで伸ばした銀髪……、これは見た目で分かるが、多少は海外の血が混ざっているらしい……。そして高身長、抜群のスタイル。
ボーイッシュな格好が似合いそうな美少女だった。
一年どころか二年、三年の注目を集める今年一番の話題の子である。
そんな奈多切は呼び出されることが多い(主に愛の告白をされるためだ。校舎裏だが、上級生からいびられているわけではないだろう……いや、女子側の意見は分からないな……疎く思っていても不思議ではないし)。
だからこそ辟易しているのは分かるが、しかし俺が教室を訪ねて彼女を呼び出した時、はぁ、と深い溜息を吐いて重い腰を上げることはないんじゃないか?
奈多切を呼んでくれた下級生の女子にお礼を言って……、俺がいる場所とは反対側の扉から廊下へ出た奈多切を追いかけ、俺も廊下に出る。
……高身長、というのは知っていたけど、なんだか色々な部分が大人びて見えるな……並ぶと分かる。三年生の中でも特に美人と言われている先輩よりも色気があるな……。
「なんでしょうか、先輩」
見下し――ているわけではないのだろうが、身長差があるのでそう思ってしまう。
初対面(俺からすれば既知だが)の相手を見て警戒するのは分かるが、そんなクズ野郎を見るような目を向けないでくれ……。
「俺は
「不良には見えませんけどね……見た目だけですか。憧れでも? ところで校則違反って知っていますか?」
「それはおま――あっぶね、お前もじゃん、って言いそうになったな……それは地毛、なんだもんな」
「ええまあ」
用件はなんだ、という雰囲気が感じ取れたので、助走のための世間話は手短にしよう。
「ひとまず、昨日は助かった、ありがとう」
「私、なにかしましたか?」
「あれは、なんて言えばいいんだろうか……ほら、芋虫を二メートルくらいに膨らませて、蝶みたいな薄羽と俺たちと同じ肩から先の腕が生えていて――」
「なんですかその化物、知りませんよ。そんなくだらない夢の話を聞かせるために呼んだのですか? ……二年生は暇でいいですね」
と、奈多切が踵を返す。
三年生は受験、一年生は学校生活に慣れるために色々と忙しいことに比べると、二年生は遊んでばかりで楽そうでいいですね、と言っているわけか……否定はできねえ。
確かに、受験は先の話だって思っているし、学校生活にだって慣れている……だからってさすがに夢の内容を後輩に話すほど暇ではねえよ。
遊んでいれば成績が落ちる。
それは大学受験に響くものだ。
奈多切の言う通り、昨日のあれが『夢』だったのかもしれない、とは思ってしまうが――、
「だけどあれは確かに、現実だったはずだ……」
あの後ろ姿は奈多切だ、と思っていたが、実はそっくりな別人だった場合、奈多切がこんな反応なのも分かる……。
昨日のあれが夢なのではなく、お礼を言うべき相手を間違えただけ……?
とにかく、恩人が奈多切だとしても、そうでなくとも、今の知識のままじゃあなにが正解で不正解かも分からない……一旦、引き返すか。
「……悪い、勘違いかもしれない。呼び出して悪かったな」
「はい。今後、気つけてくださいね」
教室へ戻っていく奈多切の視線が一瞬だけ、窓の外に向いた。
おかしなことではないが、見てしまった後にフォローのためか、視線を散らす行動を見て、逆に最初に見た方向が気になった。だから俺も遅れて視線の先を見てみると…………いた。
木の上にいる、妖精だ。
窓の外に見えた木がある校舎裏へ向かう。
昼休みなのだが、生徒は誰もいなかった……、つい最近までは不良生徒が溜まっていたが、今では部活に打ち込んでいるらしい……、あの時に話を聞いておいて良かったな。
事情を知らない相手のことを初見で否定するのは間違っている。
人間がやりがちなことだ。
「おーい、お前って、昨日の……」
「あっ、鏑木さん! 昨日はごめんなさいっ!!」
手の平サイズの妖精が、薄羽を羽ばたかせて木の上から下りてくる。
器にした俺の手の平の上に膝をつき、頭を下げる……、人形みたいなサイズ感だ。
だけど肌に触れればちゃんと体温が分かる。
「いいって、お互いに無事だったんだし……頭を上げろって」
「はぃ……」
気にしてるみたいだな。まあ、そりゃそうか、昨日もここで同じように木の上にいた妖精が、誤って落ちたところを俺が手の平で受け止めたのだ。
苦しむ彼女はその後、黒煙を撒き散らして、どろどろの粘着性が高い液体になった……。それが固まって芋虫になり、二メートルまで膨れ上がって……あとは昨日の通りだ。
一歩間違えれば殺されていたような危機だったが、それでも生きていた。これを俺だけの功績だとは思わない……、実はこいつだって中で抗っていたのかもしれないし。
固い
狙ってやったわけじゃないことは分かっている。
操られている……わけでなければ、まあ暴走なのだろう。だからこの子が謝る必要はない。
ただ……、謝って気が済むなら一回、二回程度なら受け止める。それ以上はいらないからな。
さすがに迷惑だって、言わないが……思うぞ。
「……鏑木さんって、他人を嫌いになったりすること、ありますか……?」
目元を前髪で隠した水色の妖精が、恐る恐ると言った様子で聞いてきた。
地雷かもしれない、と自覚して聞いているのだろう……、自覚があるなら歩くべき道ではないけど、そう言われても仕方ないか。
たぶん、普通なら良くない感情を持つのだろう、殺されかけた相手を見つけて気軽に声をかけることはしないんだろうなあ……普通は。
「あるよ。俺だって人間だ、嫌いなやつだっているに決まってる」
「……信用できませんね」
……なんで責められてるんだ? 頬を膨らませてぶすっとしながら言っているだけだから、責めているわけではない、のか……?
「噂になっていますよ、不良生徒を説得するために自分の髪を金色に染めて、格好も不良に寄せて、相手の懐に踏み込んでいった善意の塊だって。……どんな人を相手にしても否定をせず、まずは言い分を聞くあなたの人格は、聖人君子であると――」
だからやっぱり悪いように言われている気がするんだよなあ……。
「信じられませんっ」とそっぽを向くこの子の言い方だって問題があると思うぞ。
「噂って、どこでだよ」
「わたしたち妖精の間で、です」
まあ、そりゃそうか……。
この子だけが妖精ってわけじゃないだろう。
他にもごまんと妖精がいるはずなのだ……。
「でも、あれ……? 俺って、妖精が見えてもいいのか?」
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