第3話 見え始めた妖精の世界

「今更ですね……。まあ昨日はそんな疑問など思う隙間もありませんでしたけど」


「あの化物はなんだったんだ、とは、夜に布団の中で考えてみたけど、気付いたら寝てた」


 起きたら化物のことよりも、命の恩人のことばかりを考えていた。


 できれば朝一番で奈多切に接触をしたかったが、話題の生徒だし人気もある……、彼女の口調は誰に向けても厳しい(だからさっきの塩対応は俺に限ったことじゃない……にしては強過ぎる気もしたが……)が、それが魅力になっているのだから不思議だ。


 冷徹の氷姫とは奈多切のことである。

 でだ、やっとのこと、奈多切が暇そうにしているのが見えたのが、今の昼休みだったわけだ。

 あっちからしたらせっかくの休息を使われてイライラしているのかもしれないけど……あ、だから不機嫌だったのかもしれない。


 冷徹ではあるが、冷静ではないところもまた魅力の一つか?



「見えたらダメってわけではないです。見えない方が良いですけど」


「それはダメってことじゃないのか?」


「ダメじゃないです。昨日みたいに巻き込まれたくないならダメと言いますが、構わないと言うのであれば止めはしませんよ……そもそも見えないんですけどね。

 もしかして妖精と接触したことでもありますか?」


 ない……、はず。

 俺の記憶には覚えがなかった。


「鏑木さんに自覚がなくても、妖精は近づきそうなものですね……まるで妖精ホイホイです」

「妖精ホイホイって……」


「木に塗られた蜜ですね」

「どちらかと言えば蜜を塗られた木なんじゃないか?」


 つまり、俺から出ている匂いやらなにかが妖精を誘っている、と……? 

 俺に自覚がなくともそれが出ていれば、妖精は近づいてきてしまうのか……。


「ダメじゃないならさ、俺が妖精の事情に首を突っ込んでもいいのか?」


「これが聖人君子ですか……噂通りです」


「やめろいじるな。そんなつもりはない。

 ……知りたいだけなんだよ、昨日のこと」


「はあ、まあそうですよね、よく分からない内に殺されそうになって、翌日になって『はい忘れてくださいねばいばい』とはなりませんよね」


「そうだ、せめて簡単にでも説明してくれれば、俺もスッキリできる」

「分かりました――」


 すると妖精が俺の肩に乗った。


「では妖精の世界をお見せしましょう……。

 そのためにはまず、近くの大型ショッピングモールへ向かいましょうか」


「え……俺、昼休み中なんだけど……午後も授業があるぞ……」

「…………では、上で待っていますので」


 しょぼんとした妖精が俺の肩から離れていく寸前、「待て」と手で止める。


「いかないとは言ってないだろ。昼休み中で、午後も授業があると言っただけで、それを理由にいま行動をしないと示したわけじゃない……いくよ。サボってでも知る価値がある」


「……授業には出たいのですか?」


「まあな。一日くらい大丈夫だとは思うが……、きちんと出席することがルーティンになってるから、俺が気持ち悪く感じるだけだ。

 ペナルティを受ける覚悟だし……それさえ理解していれば、なにをしてもいいだろ?」


「それは頷けないですけど……分からなくもないですね。授業に出たいけど、今すぐにでも行動したい……であればお任せください! わたしの魔法で解決してみせましょう!」


 言った妖精が、俺の首筋にかぷ、と噛みついた。体が大きければ吸血鬼みたいな吸血行動だったのだろう……、彼女は血を吸っているわけではないらしい。


「鏑木さんの中にある善意を頂きました。……うぷ、食べ過ぎて胸焼けしていますが、魔法に支障はありません……。それにしても多いですね、底をつく気配がない善意でしたよ」


「そうなのか?」


 単純に体格差があるからでは? 

 小さなスポイトでタルの中の水を抜くようなもので、だから底が見えないだけだろ。


「タルに勝る善意を持つ自覚はあるようで」


「なんとなくだって。ペットボトルだって同じことだろ」


 ともかく、俺の善意を食べた妖精が魔法を使った。

 しかしなにも起きていない……、目に見える魔法ではなかったのか?


「期待通りでなくてすみませんね。わたしの魔法は分かりにくいんです! 

 ……これで、鏑木さんは、『いなくても違和感を持たれない』存在になりました」


 いじめの始まりじゃねえか。

 

 いや、いじめの天井か?


 俺がいなくても、誰も違和感も疑問も抱かない……。でもそれ、授業に出ていないことへのフォローにはならないのでは? 

 気づかないだけで欠席の記録は残るわけで……、後日、「どうしてあの日は出席していないんだ?」って詰められるだけじゃ……。


「記載ミスでしょう、と言っておけば大丈夫です!」


「不正じゃねえか。いいよもう、きちんと補習を受けるから!」


 ごめんなさい、と落ち込む妖精の頭を指の腹で撫で、気にするな、と返す。


「先生側も分かってるよ、俺のサボりは今に始まったことじゃない」


 髪を染めてもお咎めなしなのだ。事情を話せば、先生たちは分かってくれる。

 今回のこれは難しいかもしれないが、まあ、首を突っ込んでいることには変わりない。

 困っている子がいた、だから事情を聞いていた……、嘘だと決めつける先生は、俺が知る限りはいないのだから。



 案内してくれた妖精の名は、メリィと言うそうだ。

 彼女の案内で大型ショッピングモールへ辿り着く……その間、彼女は俺の肩に座って楽をしていた……、いいけどさ。


 妖精らしく、飛べばいいのに。


「羽があるから飛ぶべき、は偏見ですよ。人間だって、足があるなら歩けばいいのに、車や電車を利用するじゃないですか。……移動時間の短縮? 知りませんね」


 聞く耳を持たない妖精だった……、言い争いをしたいわけではない。


 悪かった、と謝ると、メリィは満足そうに笑った。


 モール内へ入り、気づけば…………見える。昨日までなんともなかったごく普通のありふれた世界が広がる視界の中に、飛び交う妖精の姿が、たくさん……。



「妖精の世界は重なっているのです。

 鏑木さんたち人間が見えている世界と同じですよ。同じものを見て、同じコンテンツを楽しみ、時には人や物に憑依して遊んでいます。……ただ、純粋無垢な妖精たちにとって、人間の世界は住みにくい世界になってしまいました……」

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