第4話 悪意を相殺する方法
住みにくいなら出ていけばいい、という簡単な話ではないのだろうし、そんなことは言いたくない。人里離れた山の中で暮らせば、人間に困らされることもない、と言うのは、あまりにも人間側過ぎる意見だ。
妖精たちの平和のために都市から離れろと言われて、頷く人間がどれだけいるのかと考えれば、妖精だって頷くわけがないだろう。
「住みにくいって言うのは、自然が淘汰されている、みたいな話なのか……?」
森を切り開き、鉄と機械で埋め尽くした都市部は、昔ながらの自然の中で生まれ育ってきた妖精たちにとっては住みにくいのだろう……。だが人間と同じくコンテンツを楽しんでいるということは、ある程度は順応しているのではないだろうか。
自然から機械へ、環境に適応しているように見えるけど……?
「違います。ネットの発達を一番喜んでいるのは妖精たちでしょうね」
小さな体の妖精からすれば、スマホサイズでも大画面だ。手近なところで大画面で多様なコンテンツを楽しめる……。
森の奥地で飛び交う妖精をイメージしていたが、実際はスマホの画面を気軽にフリックする妖精たちだった、と――。
自然がなくなって怒っているわけじゃない、と分かったのは安心だったな……。
ところで、じゃあどうして住みにくい世界になった、なんて言ったんだ?
話を聞く限りじゃあ、良い方向へ世界が変わったように聞こえるが……、
「妖精は純粋無垢なのです」
「なんとなく分かる。飛び交う妖精たちは、目に見えるものにすぐふらふらと近づいていってるからな……、喜んでるみたいだから水は差さないけど」
「口を出すべきですよ。
……アクション映画を見ればハラハラドキドキして、感動映画を見ればぼろぼろと涙を流して、ホラー映画を見れば数日は寝込むようなレベルで、妖精は全員がそれくらいの影響を受けます……、人間が作り出したコンテンツでこれですよ?
しかもいま世界では、SNSが普及しているじゃないですか。日常に染みつき、社会で生きるためには必須となっているアイテムとサービスです。
……人間が胸の内にしまうべきことを吐き出しやすくなった道具、とも言えますよね」
小言、文句、愚痴……、昔は仲間内で、こそこそと共有し合うことで収められていた小さな矛が、今では直接、対象者に突き刺すことができる世の中になっている。
匿名であることも拍車をかけているのだ。発信しやすいというメリットは、悪意も同じく他人にぶつけやすくなっているとも言える……。
「純粋無垢な妖精が、人間たちの悪意を受ければどうなると思いますか?」
「……影響を受けると言うなら、同じように妖精たちも愚痴を言ってしまう、とか?」
彼女は首を左右に振った。
「妖精だって愚痴くらい言います。その程度で収まるなら可愛いものですけど……、実際は、悪意を受けた妖精は、周囲に同じように悪影響を与えます……。
たとえば機械の誤作動、たとえば人間の感情を乱したり。たとえば人間や物体に憑依をして暴れ回ったりなどです……。そして最終的には――鏑木さんも見たはずでしょう?」
「……あ」
「はい。悪意に影響を受け、『悪化』した妖精は姿を変えます……。個人差はありますが、わたしの場合は芋虫だったわけで……。薄羽を持つ化物へ姿を変え、人間世界に悪影響を与えるでしょう――。たった一件の事故、事件ならマシですが……」
「影響を受けた妖精に、悪影響を受ける妖精もいるってことか……?」
「はい。ですから正直なところ、多くの人と妖精が集まるこういった大型のショッピングモールは、いつ爆弾が爆発してもおかしくない地雷原だったりします」
……妖精は純真無垢で、ふらふらと興味がある場所へ近づいていき、妖精のことなど見えていない人間は、地雷原があることなど知らないために当然、危機感を抱くこともなく……、説明したところで誰も信じないだろう。
見えているならまだしも、見えていないし、証明する術がない。
それに、ここは人間の世界でもあり、妖精の世界でもあるのだ。片方……いや両方だったとしたって、大勢で集まるなと言ったところで効果は薄いだろう。
言葉だけで指示に従うなら、いま俺は悩んだりしていないはずだ。
一人一人、考え方は違うし、優先するべきものも違う。
億の頭があれば億の考え方がある。
その全てを統一させ、指示に従わせるなんて、どれだけ人望が厚い人間だって無理だ。
妖精だって、きっと上手くはいかない。
みんなが動くからそれに従う層と、みんながそっちへいくなら自分は違う方へいく層は必ず存在する。それが間違っているとも言えないし、違う層がいるからこそ分かる発見だってあるのだ……。そうして世界は回り、歴史が動いてきた。
集団からこぼれる数人は絶対にいる……、ゼロにすることはできない。
そして、そのこぼれた一人でもいれば、地雷原は次々と爆発する……そんな状態なのだ。
妖精と人間……蔓延する悪意と悪影響を受ける妖精たち……。
事故、事件、そして昨日の俺のように、見えてしまったからこそ襲われるとしたら……解決策は、どこにある?
「鏑木さん……どうすればいいと思いますか?」
「…………」
答えられなかった。いや、答えるにしたって、即答はできない。
説明を受けたとは言え、こんなの氷山の一角だろう……。表面だけを知る今の俺じゃあ、なにを言ったってそれが正解になるとは思えなかった。
というか、正解なんてあるのか?
全員が納得し、救われる方法が見える気配すらないんだが……。
「ま、ですよね。この課題は、数年前から始まったことでもないですし」
「そう……なのか?」
「はい。SNSが普及する前から、似たようなことは起こっていました。
普及して、一気に増えたというだけです……。手が届きそうだった問題が、手数が足りなくなった、と言えばいいのでしょうか……。
一つ一つの問題はなんとか、片づけることができますが、連鎖していくともう手が足りません。空いた穴を手で覆えば、別の場所から水が漏れ出てしまう……、二本の手じゃあ、どうしたって塞げません」
つまり、人を増やせばいい……?
いや、そんな簡単な話じゃない。
一人、二人が増えたところで、焼け石に水……、かと言って妖精の存在を大衆に知らせて、信じる者がどれだけいて、実際に見える者がどれだけいるのか……それが結果に関わってくる。
大半が知らぬ存ぜぬで見て見ぬ振りをするだろう……そう思っておいた方がいい。
「現状、解決はできねえだろ」
「……そうですよね」
「だけど、なにもしないってわけじゃない」
宙を飛んでいる妖精が、ふらふらと、蛇行した軌道で飛んでいる……。
嫌な予感がするな……、明らかに悪影響を強く受けたのだろう……。
「――レイディ!?」
俺よりも先に、隣の妖精が飛んでいった。
ゆっくりと落下している妖精に寄り添い、肩を貸す。……知り合い、らしい。
「って、その妖精が悪化しているなら、近づくとお前も――」
「あ、」と、声をこぼした時にはもう遅く、
レイディ、と呼ばれた黄色い妖精が、『悪化』したところだった。
黒煙を撒き散らし、まるで昨日の再現のように、姿を変えていく――。
「メリィ!!」
「な、なんとかっ、わたしは大丈夫ですけど……ッ、レイディ……友達がっ!」
レイディから噴き出した突風に吹き飛ばされたのか、俺の真横で滞空しているメリィは、俺の肩に触れることで悪化から逃れたらしい……。
悪影響の原因である『悪意』は俺の『善意』で打ち消せる……らしいが、メリィの顔色が悪いところを見ると、完全ではないのだろう。
……悪意が強いから、かもしれないな……。
モール内の二階では、学生が喧嘩をしている……、吹き抜けになっているから聞こえる大声で簡単に位置が分かった。
喧嘩なんて、元を辿れば悪意の塊じゃないか……っ。
いじめやネットの書き込みほど陰湿ではないが、しかし敵を目の前にして『叩く』敵意が悪意と同じくらい強さを持っていることも分かる。
相手を叩き潰すことが目的なのか、勝って上へいくことが目的かで変わってくるとは思うが……、二階のあれは、前者だろう。
完全に敵意が先行している。
スポーツが関わった健全な勝負には見えなかった。
「……悪影響を受けて『悪化』した妖精は……化物になるんだよな……」
「わたしの場合は芋虫でしたけど、それは性格も影響していると思います……。わたしに比べたら、レイディは活発で運動神経も良い方ですから……、どんな姿になるのかは――」
黒煙が晴れた時、まず見えたのは針……だった。
両手の大きなハサミ……そして、妖精が持つ薄羽が見え……、
カツカツ、と、ハイヒールのような軽い音を響かせながら見えたのは、しかし二メートルを越える、巨大なサソリだった。
色は、黒……、その時だった――ぱっ、と、モール内の証明が消えた。
ざわざわとなる周囲の声に惑わされる……、
カサカサと移動する音が、かき消されて――
「鏑木さん!」
メリィの声に、反射的に半歩下がると、鼻先を掠めるなにかがあった――。暗闇の中で尻もちをついてなんとなく察する……、今のって、サソリの、ハサミじゃあ……っっ。
目が慣れていない今のままじゃあ、黒色のサソリがどこにいるのか分かるわけがない。
黒だから尚更、闇に紛れて消息がつかめなくなっている……——くそ、やっぱり姿が見えている俺を優先して狩ろうとしているわけか!?
「メリィっ、サソリの居場所、お前なら分かるか!?
ナビゲートしてくれれば懐に入ってなんとか――」
「無理です鏑木さんっ、だってあの子は今――真上にいますから!!」
は? 真上? なんでサソリが……って、そうか。
妖精が持つ薄羽を背中につけているから……。
サソリの巨体であっても、薄羽も相応の力を持つはず……、薄羽とは言え、自重を支えられないなんて、ちぐはぐな変化をするとは思えない……っ。
真上にいるサソリは、じゃあ――、
「横っ、転がってっ!」
メリィの悲鳴に、俺はまだ、動くことができずにいた――。
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