第5話 妖精と誤作動

 ぱ、と照明が点いた。


 明るくなった視界の中、今度は光に目が慣れるまでしばらくの時間がかかった……。やがて見えてくるモール内の光景――、ざわざわとしていた通行人はほっとしたように、いつも通りの買い物へ戻っていく。事故や事件ではなく不具合だった、と解釈したのだろう。


 モール側もそういう風にアナウンスをしてご迷惑をおかけしました、と謝っていた。


 気づけば、悪化の原因となった学生同士の喧嘩も治まっていた……、一度暗闇になったことで冷静になる時間が生まれたのかもしれない……。


 悪化の源が途切れたから、周囲へ悪影響を与えることもなくなった……? 

 妖精が悪化して現れたサソリの悪影響が、モール内の照明を落とすことだったのであれば、被害は最小限だった、と見てもいいのか……。


 俺が串刺しにされていないからこそ、ほっとできたものだ。


 もしもあのハサミの餌食になっていれば……、って、サソリは!?



 床に倒れている手の平サイズの妖精……、


「レイディ!」


 メリィが薄羽を広げて彼女の元へ。

 寄り添うメリィが、レイディに声をかけ続ける。


「う……、め、りぃ……?」


「レイディ――っ!!」


 目を覚ました彼女にがばっと抱き着くメリィ……、大怪我になっていなくて良かったな。

 ……悪影響の連鎖もないみたいだし、ひとまずは、今回の悪化によって被害が増幅することはなさそうだ……——となれば。


 なにも言わずに立ち去ろうとする彼女に、声をかけないわけにはいかない。



「また、助けられたな……奈多切」


 人混みに紛れて立ち去ろうとしたようだが、その目立つ容姿じゃあ、無理だろ。紛れようとすればするほど目立つ。大衆の視線を追えば、お前に辿り着くのだから便利だよな。


 お前からすれば、デメリットでしかないのかもしれないが……。


 声に反応し、奈多切が止まった。

 止まったということは、俺の声は届いたってわけだ。そして、一瞬でもいいから止まってくれるくらいには、聞く耳は持っていることも証明している……。

 人通りが多い通路で、俺と奈多切だけが、立ち止まっている。


 彼女は、背を向けたままだった……。


 俺の声に反応をしても、振り向いてはくれないみたいだな……、……まあ、いい。

 良く思われていないことは、いま分かったことじゃない。


 お前に認められるまでは、この対応でも構わねえよ――。



「……エミール」


「はいはい、まだ溢れているのね」


 奈多切に重なっていて気づかなかったが、もう一人いた……。

 背丈こそ小さいが、可愛いと言うよりは美人、と言える着飾った和服の少女だった。

 彼女が奈多切の首元に噛みつき……(まるで吸血鬼のようだ)、数秒後、離れる。

 すると奈多切が振り向いた。


 見せてくれたのはいつもの冷徹な表情だった。


「また……、騒動の渦中にいるのですね、鏑木先輩」


「また、と言ったってことは、前回のことを認めたわけか」


 俺を助けてくれた時のことを、お前は知らんぷりをしていたわけだが……、認めた、と言うのであれば、今回のことも合わせて、俺は何度でも、言わなくちゃいけない。


「助かったよ、奈多切——ありがとう」


「……お礼を言われるようなことは……」


「してるんだよ。俺が思ったんだ、感謝の言葉くらい受け取ってくれ」

「……感謝の言葉だけであれば、遠慮なく」


 冷徹な彼女は今、ちょっとだけ口元が緩んだ……気がしたが、見間違いかもしれない。

 いつも通りの、人を見下す表情に戻っていた。


「なあ、奈多切……」


「……なんですか、なんだか嫌な予感がしますけど……」


「どうやってあの子……サソリを、あの妖精の子に戻したんだ? さらに言えば芋虫の時も、お前はどういう方法で悪化した妖精を助けているんだ? 

 ……それ、俺にもできるのか? 

 できるなら……、いいや、できないとしても――とにかく俺に、戦い方を教えてくれ!!」


 ――頼むッ!

 そう両手を合わせてお願いすると、奈多切の口から、ぼそっと聞こえた言葉があった……。


「やっぱりこうなった……」


 隣の和服少女が苦笑いをして、


「ちょっとは抑える努力をしろよ。アタシだって全部は喰えないからな?」


 ―― ――


 ……一年前、奈多切恋白はある青年に助けられている。


 命の恩人、というほど大きな事故に巻き込まれたわけじゃない。

 だから相手だって覚えていないだろう……、車道に寄った女の子を優しく、腕で自分の場所と入れ替えてあげた、程度の認識のはずだ。

 だけど助けた側がそうでも、助けられた側が同じように軽く考えているわけではない。


 慣れた人からすれば、どうってことがない状況でも、裕福な家庭でそういう世界とは無縁だった彼女からすれば、巻き込まれたトラブルはトラウマになるほどの衝撃を持っていた。



「――お嬢ちゃん、ぶつかっておいてごめんなさいで済むと思うのかい……? いてて、腕が骨折してるかもしれねえな……。なあ、お父さんかお母さんに連絡してくれるかい?」


「あ、あの……ほんとうに、ごめんなさ――」


「だから、謝って済むレベルじゃねえんだって。

 小学生だからって罪が軽くなるわけじゃねえんだぜ?」



 いえ、中学生ですけど……来年は高校生になります、とは言えなかった。

 派手な色に髪を染めたお兄さんたちに囲まれ、まだ成長期を迎えていなかった奈多切恋白は恐怖で上手く言葉が出なかったのだ。

 小さな体を縮こませる……肩身が狭くなってきた。


 一緒にいた友達とははぐれてしまったし、呼び出して巻き込むわけにもいかない……。

 幸い、ショッピングモール内の人気がない場所に連れていかれたおかげで、友人たちが迷い込んでくる心配もない……けど、つまりそれは、通りがかった人に助けを求めることもできないわけで……。


 ここはどこ? 

 業者さんが通るような裏道なのかもしれない。


「せめてさ、名前、教えてよ」


 知らない人についていかない、なにも貰わないと同じように、名前を教えてはいけない、とも教えられている……。父親の教育を守ったつもりが、身を危険に晒しているなら、ここは破った方が賢明だっただろう。


「怪我ぁ、させておいて、名前も名乗らねえとはどんな教育を受けてきたんだぁ?」


 ばんっ、と真後ろの壁に、怖いお兄さんの拳が叩きつけられた。奈多切の中で恐怖がさらに膨らんでいく……、いま聞かれたら、名前も住所も、なんでも教えてしまいそうだった。


 びくっ、と怯えて動けない奈多切を見た青年たちが、こそこそと話し合う。


「脅してもなんも出ねえな……、親から金を巻き上げることもできねえ……。となるとあれだ、この見た目だし、『上』に渡せばオレらの立場も上がるかもな」


「小学生を渡すのかよ」


「投資だろ。数年後、化けるかもしれねえだろ、その時になって手に入れようとしたんじゃ遅いだろうしな……渡しておいて損はねえはずだ。

 どう扱うかはあっちに任せるとして――渡すだけでいいならオレらの負担もねえしな」


 奈多切の知らないところで話がとんとん拍子に進んでいく。緊張と恐怖で視界が狭まり、耳も聞こえづらくなっていた彼女は、促されるままに青年たちの後についていき――、



「あれ? お前らなにやってんだ?」


「う……、めんどくせえやつがきた……。うっせえな、首を突っ込むなよ、鏑木」


「みんなで遊んでたならなんで誘ってくれねえんだよ。せっかくの休日にお前らと会えないなんて寂しいだろ。あと、着信拒否してるのやめてくれ。俺のことを嫌いでもいいから、連絡だけは取れるようにしてくれ。災害が起きた時に助けられなくなる」


 青年たちと友達、にも見えるが、周りから嫌われているようにも思えた青年が道を塞いでいた……。金髪で、だけどこの怖いお兄さんたちとは違い、奈多切がさっきまで感じていた恐怖はない……、逆だ。

 優しい、頼れる、お兄ちゃん……。


「お前……その髪……」


「お、ばれたか。さっき染めてきた。お前らと一緒に遊ぶなら、やっぱり浮かないようにしないとな。金色でいいよな? 赤とか緑は被るからやめておいたんだが……、金色なら被ってもよくある色だろ?」


「お前、校則違反になるぞ!? いいのかよ!?」


「いや、堂々と破ってるお前らが言うなって」

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